決め手になったのは57年前のゴール?

2021-02-12 00:00:36 | 市民A
一夜城、崩壊!

魔女裁判が始まる前に森五輪組織委員会会長が辞任を発表し、後任に川淵三郎氏が任命されることになったようだ。IOCバッハ会長からは森会長に対し、もう一人女性会長を置いて森氏と二人会長にしたら、と提案されたそうだが、混迷の末、二人会長制になるかもしれない。

コロナで五輪が中止になるのは、ある意味しかたないが、開催国の元首相の失言で中止になるなど国民の恥というしかないのだからしかたない。人事を尽くし天命を待つというのが正しい姿だろう。立候補して開催が決まったのに、自国の都合で返上するというのも正しくない。約束を守らない国のグループに入りたくはない。

ところで、森氏後任の川淵氏だが、実務実績には文句のつけようもないが、問題の一つは年齢だが、しょうがない。私も「あるかな」と思っていたが、もう一つの問題は出身母体の「サッカー」が五輪ではメジャーではないこと。今でもワールドカップよりも格下だ。IOCの受けが悪いのではないかと思っていた。

しかし、報道を見ると、すばらしいエポックがあったようだ。

1964年の東京五輪出場。アルゼンチン戦で1得点。57年前のことだ。まったく相応しい経歴だ。数日のうちに、同点ゴールのシーンが世界に配信されるだろう。


この1964年の東京五輪では、公式映画が市川崑監督によって撮られている。五輪からだいぶ経ってから観たのだが、サッカー日本チームのシーンもあった。他の試合で、大学生だった釜本選手のゴールの映像があったことは覚えている。川淵氏の映像があったかどうかは記憶にない。

映画と言えば、今回の東京大会の公式映画は河瀬直美監督が担当し、もはやどうなることかわからない五輪の顛末を追っているようだ。「国立競技場やり直し」からはじまり「女性の話が長い」事件まで起こってしまい、開会式が始まる前に2~3時間分が費やされてしまうのではないだろうか。五輪がなくなったら、どういう映画になるのだろうか。五輪映画と言えば「記録か芸術か?」という論争がいつも起きるのだが、「記録でもなければ、芸術でもない」映画になるのかもしれない。

調べてみると、川淵氏はじめ釜本氏、加茂氏、岡田氏、西野氏といったサッカー早大閥だが、彼らの大学の時の監督は堀江忠男教授といってマルクス経済学(正確にはマルクス経済学批判)が専門。こちらも1936年にベルリンで開かれた五輪に出場している。得点はできず、試合中に骨折している。


ところで、失言の当人だが、「辞めて許される」のだろうか。バッハ会長の国籍であるドイツや前会長の出身地スペインは魔女狩りや異端裁判を徹底的に行っていた。たまたま年末に読んでいた「物語スペインの歴史」や「魔女」といった書物の中には、ドイツで数百人を魔女として火あぶりにした市長の話や、マドリードのマイヨール広場で行われた異端裁判の様子が絵画や図解で示されている。

裁判で有罪となると、罪を認めないと生きたまま火あぶりにされ、罪を認めると、絞殺されてから焼かれたそうだが、被疑者が拷問をはじめ何らかの理由で亡くなっていると、墓から掘り出してきて焼いたそうだ。

辞任後の国内、あるいは国外の世論を注目したい。