ある陸軍兵の話

2015-11-12 00:00:51 | 市民A
一ヶ月ほど前になるが、最近の知人から聞いた話。

知人の父親(A氏)の話で、知人は父親から直接聞いた話と母親が父親から聞いた話を基に話してくれた。酒席ではあったが、その時は、私と知人だけで飲んでいたので、彼の話を途中で折って聞き直すような状況ではなく、流れに乗って聞くことを優先したので、若干の間違いもあるかもしれない。

彼の話は4つの部分からなる。

一つ目は、例の南京大虐殺とされる作戦の中にいたこと。作戦中は狂気が充満していて、具体的な証言があること(男女を重ねてまとめて・・とか)が行われていたそうだ。(もちろんA氏は現場の内側にいたわけで、その全体規模はわからない)

二つ目が、中国北部での戦い。A氏はずっと軍馬とともに移動していたそうだ。ただ、中国大陸は広大で、激戦になり部隊とはぐれてしまった彼は、夜になって疲労の中、銃弾が止んでもないのに倒れるように地面に転がりそのまま眠ってしまったそうだ。そして彼をかばうように愛馬も側に伏せていたのだが、朝になってA氏が起きた時、軍馬は身代わりのように弾を受け絶命していたそうだ。A氏は、その地に愛馬を埋葬した上、周囲の山々の位置を念入りに記憶にとどめ、いずれ骨を弔うことを心に誓ったそうだ。

三つ目が、シベリア抑留。この部分については、知人は多くを語らなかった。知人もA氏から多くを聞いていないのか、よくわからない。南京での報いとしてシベリアに抑留されたと思っていたそうだが、シベリアでは過去の話を誰もしなかったようだから、A氏もそうだったのだろうか。抑留中の者のうち何人かは戦犯としてどこかに連行されていった。

そしてなんとか日本に戻ってくる。

そして最後に、A氏は戦後間もない頃、中国大陸に渡る。目的は愛馬の骨を拾うこと。実はA氏が、いつどのようにして中国大陸に渡り、記憶に基づく埋葬地に辿りついたか、そしてどういう方法で日本に戻ったか、父親から聞いていないということだ。父親は漁師ということで何らかの海上方面からの入国だったのだろうか。また大陸内でどのように移動したのか。聞きたいことには十分の知識がないから答えられない、ということだった。骨は帰国し、ある場所で眠っている。


確かに、戦争は多くの奇跡的な逸話を残すものだが、A氏のように稀有な経験をもつ人は少ないのではないだろうか。

自分的には、「荷が重い話を聞いた」ということで、本来なら小説化したいのだが、とても自信がない。吉村昭先生がご健在なら、まずは紹介ということなのだろうが、既に大往生されている。また、吉村先生は、直接本人からの取材が聞けなくなった段階で小説化を諦める主義だったので、ご令息からの話では引き受けなかっただろう。

吉村昭氏の奥さまの津村節子史なら堅いこと言わずに書かれるのではないかと、密かに思っている。