沈める滝(三島由紀夫著)

2022-06-13 00:00:03 | 書評
三島由紀夫の作品の中であまり有名ではない長編を読んでいる。作品の順番としては、本作は1954年ごろから1960年代の始めごろまで続く量産時期の最初の頃。「潮騒」の後で「金閣寺」の前。



電力会社のダム建設という国家事業と、電力王の孫という裕福な青年のプレイボーイ的振る舞いが二本の柱になっていて、主人公の禁じられた恋愛遊戯と雪に閉ざされた冬山の工事現場、そして象徴的な滝。不倫相手の女性の入水や電力会社社員の着服とか、俗世界のあまたが、詰め込まれている。

発表当初には好意的な書評が多かったようだが、まあそれは有名作家への礼儀というものだろうが、何か「三島にしては物足りない感」というのが感じられる。まったく「美」とか「芸術」といった要素が欠けている。もしかすると「人間」というのが不潔な存在であると割り切っていたのかもしれない。いや、割り切ってしまっていいか、迷っていたのかもしれない。

それと、本来は当たり前なのだが、登場人物もストーリーもすべて作家の掌の中で転がされているような感じがする。優れた小説にある「作家の意図を超越する登場人物」というのが足りないような気がする。本から飛び出してくるようなキャラがないわけだ。

個人的には『午後の曳航』に登場する犯罪少年たちが彼の作品の中では好きだ。