根津権現裏(藤澤清造著)

2011-10-21 00:00:02 | 書評
「忘れ去られた作家」というカテゴリーがあるとするなら、本書の作家藤澤清造はまさにそれは当てはまるのだろう。つい最近まで。

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ところが、現代に私小説を持ち込んだ西村賢太氏が芥川賞を得るやいなや、「小説の師匠は藤澤清造」と言うことになる。つまり埋もれていた場所から、再び引っ張り出して、懐中電灯で照らしてみたということだろうか。

文庫本で370ページになるのは長めということになり、実は忍耐を試されているようである。なにしろ1922年(大正11年)に上梓されたのだから90年前ということだ。主人公は貧困にあえぎながらも友人との付き合いを続け、だらだらと夢のない日々を過ごしている。

そして、友人岡田の自殺、その背後に潜む様々な謎が語られていくのだが、私の感覚では、自伝的作品である林芙美子の「放浪記」の方が迫力がある。

読みながら考えたのだが、本書は90年前の東京の風俗を描いているのだが、その文章の質からいって、十分に現代でも通用するだろう。妙なことに江戸時代の終わりと明治の始まりというのは歴史上はつながっているのだが、書かれた書物をみれば、江戸の書籍は読みにくく、明治以降の作品は、現代語とあまり変わらない。文化的に大きな断絶があるのはなぜだろうということを少し考えてみた。一応の答えは考えたのだが、データと突き合わせてみたい。

本書が発行されたのは、もちろん芥川賞作家、西村賢太が新潮社に圧力をかけたからなのだが、90年前にも同様なことがあり、芥川龍之介自らが新潮社に圧力を加えたのだが、当時、出版にはいたらなかった。

何かの奇縁か。

そして、著者の藤澤清造は、本書の上梓の10年後、1932年1月末に港区芝公園で凍死体として発見された。

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現在の芝公園からは東京タワーが望める。お昼休みにはベンチで昼食を食べるために、ベンチ取り争いが行われる。藤澤清造の名前は、誰も知らない。東京タワーも、いずれなくなる。