ICT工夫
全ての自由を奪えても、自由を求める自由だけは奪えない




2007年01月12日の山梨日日新聞によると、甲府市が二十四将の屋敷跡に略歴など紹介する看板を設置したとの事です。 

パンフレットを入手したら、それもホームページでご紹介したいと思います。山本勘助の屋敷跡が武田神社の西方にある事は武田氏館大手口三日月堀のページを書きながら知りましたが、その他の武将の屋敷については、これから現地探訪してみたいですね。

山本勘助屋敷跡

追記・1月15日、甲府市観光課さんにお訊ねしたところパンフレットは現在印刷に回しているので近日完成、ホームページも年度内には公開する予定とのことです。二十四将の名前を全てそらんじている方は少ないと思いますが、観光ページの一覧紹介とかケータイ用ページがあります。私は既に1か所気が付きました、こんな所に!と驚いています。

ホームページで「城下町 甲府」という記事を書いた事があります。その中で、『甲府の街には武田時代と徳川時代の二重基準があるのだとしたら、それはそれとして外から見ると実に面白い話です』と述べました。そして、『町の名前は歴史資産のひとつと考えれば、それを活用する事から始めてみたらどうだろうと思います。現在名、旧町名の場所と由来、いくらかは残っているであろう昔ながらのお店や建物をおしゃれなイラストの地図で確認しながら街をのんびりと歩いてみたいです。』とも書きました。その考えは今でも変わりません。
ホームページでは風林火山博をずっと追いかけていますが、甲府市内では県民情報プラザのメイン会場の他は、既存の武田神社やお寺が観光コースとして紹介されているに過ぎません。甲府市全体として、ソフト的にもハード的にもネットワークが組まれていない事に苛立つ思いでした。その中でこの二十四将屋敷跡表示プロジェクトは、待ち望んでいた甲府全域の活性化に大きく寄与することになると期待しています。


 甲府市は、大河ドラマ「風林火山」の放映に合わせて武田神社周辺に点在する武田二十四将の屋敷跡に、各武将を紹介する看板を設置した。併せて屋敷跡や甲府五山の場所を記した観光パンフレットも作成。パンフレットを手に屋敷跡を歩いて巡ることもでき、市観光開発課は「信玄や二十四将にまつわる観光を気軽に楽しむ上で役立ててほしい」としている。
 看板は縦28センチ、横45センチで、各武将の略歴が書かれている。戦国時代から江戸時代にかけての史跡の所在地を記した大正時代の地図「古府之図」に基づき、位置が明らかになっている屋敷跡22カ所に設置した。山本勘助屋敷跡

 山本勘助の看板は、同市古府中町の古府中町二号公園南側に設置。武田神社入り口付近には商業政策などに優れていたとされる穴山信君を紹介する看板が立っている。
 観光パンフレットでは、屋敷跡や甲府五山など武田氏に関連する史跡を記した地図を掲載。散策用のルートや信玄ら二十四将の解説も盛り込んだ。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 選挙 上野原市BBド... »