2011/07/08 記
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突然私の携帯に30~40代の女性から、就労支援の問い合わせが入った。驚いた。携帯に問い合わせが入ってくることは今までなかったからだ。三浦半島側の方だった。外出中だったので、改めてこちらから電話を入れることを約束して電話を切った。
9日に私が県立保健福祉大図書館に、取り寄せコピーの資料を貰いに行くので、県立大学の駅前で合流することに。電話で話を伺って、いろいろな事情のからまった方と知った。精神の手帳を持っている方で、私の活動の主流である地域潜在しているハンデを方たちとは、少しポジションが違っていた。
私は、茅ケ崎の災害対策本部の動物関連の役員の獣医さんのところをまわっていた。11日に関係者の会合があるとのことで、私の活動への協力をお願いしていた。私の依頼とは別に、獣医さんやペットショップの方の今回の巡回は、話に耳を傾けてくださるように状況が積極的に変化していたので、市民活動と連携したケアのネットワークの中で、今後の活動を展望したいと、少し時間をかけて説明していた。
当日飼い主さんや、関心を持った一般の方が会場に、どれほど足を運んでくださるか、全く未知数だった。しかし、関係者には活動の主旨が届いたと思われるほどに、受け取りが好転してきた。いつものことだが、講演会に誰も来なかったときの悪夢を常に感じている。実際何回も干されたことがあるから、なおさらのことだ。それゆえに、話の通じる方たちへの巡回アクセスは嬉しい。なればこそ、徹しなければならないと思う。常に決定の外に待たされるフリーランサーゆえの不安である。直接誘う仲間がいない宿命のようなものだ。
私の活動提案は常に屈折している。状況にコミットするために、戦略性を持たせようとする。「何で今、よりによってペットなんか」という顔をする方が多い。被災者のニーズに応えつつも、「民間直接交流を拡げるべき」という狙いを実現するには、打ち解けた対話では、被災の現実そのものであるより、互いに気兼ねなく対話し続けられる話題、仲立ちの話題が互いを架橋した方が長続きする。
「ペットだ何て、ボケてんじゃない」という方も実際出てくる。なぜ民間直接交流なのかということも、震災から4ヶ月、緊急避難支援期を過ぎて、生活再建・企業復興期の時期の入口に立ち、支援活動の質を「長期伴走型の生計支援」に切り替えることや、その対象者が縁故避難者を含んで8~6万人状態が当分続くという認識がないと話が通じない。
相変わらず公的募金や被災地産商品販売協力と現地作業というところに留まれば、先行きに悲観し自殺に走ったり、仮設住宅の中で孤立死する単身高齢者が出てくるという深刻な事態が既に起きていても、支援はなかなかとどかない。そういう歯がゆさ自身も共通認識ではない。
被災者との対話促進をどう作り出していくか、ここの議論が全く出来ない。被災地外の方は、原発で自分の生活環境の破壊に眼が移り、「東北は大変だ」という遮壁を作って、災害の話には飽きが来ている。退潮の影響を、どうかわしていくかという、活動の質の転換点に立っているという共通基盤がないのだ。
獣医さんたちや市関連行政の方たちは、茅ケ崎・寒川地区の被災時動物保護プランの契機に、ペットレスキュー活動支援の民間活動が、民間活動の芽として使えるかという発想がある。私たちも出来る限り自前の活動を拡げ、湘南の防災へと膨らみを持たせて行きたいが、まずは被災された方への寄り添いの活動を、現地の活動支援という連携を意識して長期安定化と共感の深みへと踏み出させていくことがその大前提になる。
地元獣医師会の獣医師さんたちには、「被災地と連携したケアのネットワークを作りたい」と説明している。一時預かりや譲渡される犬猫も被災しており、善意の引き受けは、生き物ゆえの困難や危機をくぐる。そのとき、地域サポートがないと飼育が続かない。そのサポートには地元獣医さんの協力が不可欠だ。この辺の相互理解のための地域対話が、やっと始まった。
月曜日に会合があるとのこと。この講演会の話が紹介され、検討されることになった。共感してくださることを祈るばかりだ。
「たかがペット」の世間の発想の世界に、私の活動は既に拘束されていない。しかし、そこにどのような直感的な共感をなおかつ拡げられるか。犬猫を引き受けさせられるという警戒感が先立つような反応が強い市民活動の関係者との鬼ごっこの壁を、政治の眼(戦略性の眼差し)で越える者もいないのが実情だ。だから、この獣医師さんたちの間接協力に応えるには、動物愛好家たちを巡回し、協力を得る以外ない。想像力と持続する志によって、必要性と、直感的共感の道を併行して探り続けている。
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岩手県は広い。私の目的の企業主の方は、陸前高田出身の方だが、岩手大学構内に県本部を置き、そこで活躍されている。だから陸前高田や大船渡で会えない場合は、そこから盛岡に出かけなければならない。宿泊地が2泊とも大船渡市内だから、盛岡往復しなければならない事態も織り込んである。往復5千4百円見込んでおかなくてはならない。ならないづくし、車の無い不自由さを感じてしまう。
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明日、テスト屋からのささやかな収入がある。明日は父の老健の七夕だ。父を車椅子に乗せて、平塚の紅谷町の七夕飾り通りを通ってくる。自由時間があれば、父と、父の好きな焼きそばでビールを買うことにしよう。すずめの涙程度だから、これを充てよう。
夜間傾聴:南大沢君(仮名)
(校正2回目済み)
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突然私の携帯に30~40代の女性から、就労支援の問い合わせが入った。驚いた。携帯に問い合わせが入ってくることは今までなかったからだ。三浦半島側の方だった。外出中だったので、改めてこちらから電話を入れることを約束して電話を切った。
9日に私が県立保健福祉大図書館に、取り寄せコピーの資料を貰いに行くので、県立大学の駅前で合流することに。電話で話を伺って、いろいろな事情のからまった方と知った。精神の手帳を持っている方で、私の活動の主流である地域潜在しているハンデを方たちとは、少しポジションが違っていた。
私は、茅ケ崎の災害対策本部の動物関連の役員の獣医さんのところをまわっていた。11日に関係者の会合があるとのことで、私の活動への協力をお願いしていた。私の依頼とは別に、獣医さんやペットショップの方の今回の巡回は、話に耳を傾けてくださるように状況が積極的に変化していたので、市民活動と連携したケアのネットワークの中で、今後の活動を展望したいと、少し時間をかけて説明していた。
当日飼い主さんや、関心を持った一般の方が会場に、どれほど足を運んでくださるか、全く未知数だった。しかし、関係者には活動の主旨が届いたと思われるほどに、受け取りが好転してきた。いつものことだが、講演会に誰も来なかったときの悪夢を常に感じている。実際何回も干されたことがあるから、なおさらのことだ。それゆえに、話の通じる方たちへの巡回アクセスは嬉しい。なればこそ、徹しなければならないと思う。常に決定の外に待たされるフリーランサーゆえの不安である。直接誘う仲間がいない宿命のようなものだ。
私の活動提案は常に屈折している。状況にコミットするために、戦略性を持たせようとする。「何で今、よりによってペットなんか」という顔をする方が多い。被災者のニーズに応えつつも、「民間直接交流を拡げるべき」という狙いを実現するには、打ち解けた対話では、被災の現実そのものであるより、互いに気兼ねなく対話し続けられる話題、仲立ちの話題が互いを架橋した方が長続きする。
「ペットだ何て、ボケてんじゃない」という方も実際出てくる。なぜ民間直接交流なのかということも、震災から4ヶ月、緊急避難支援期を過ぎて、生活再建・企業復興期の時期の入口に立ち、支援活動の質を「長期伴走型の生計支援」に切り替えることや、その対象者が縁故避難者を含んで8~6万人状態が当分続くという認識がないと話が通じない。
相変わらず公的募金や被災地産商品販売協力と現地作業というところに留まれば、先行きに悲観し自殺に走ったり、仮設住宅の中で孤立死する単身高齢者が出てくるという深刻な事態が既に起きていても、支援はなかなかとどかない。そういう歯がゆさ自身も共通認識ではない。
被災者との対話促進をどう作り出していくか、ここの議論が全く出来ない。被災地外の方は、原発で自分の生活環境の破壊に眼が移り、「東北は大変だ」という遮壁を作って、災害の話には飽きが来ている。退潮の影響を、どうかわしていくかという、活動の質の転換点に立っているという共通基盤がないのだ。
獣医さんたちや市関連行政の方たちは、茅ケ崎・寒川地区の被災時動物保護プランの契機に、ペットレスキュー活動支援の民間活動が、民間活動の芽として使えるかという発想がある。私たちも出来る限り自前の活動を拡げ、湘南の防災へと膨らみを持たせて行きたいが、まずは被災された方への寄り添いの活動を、現地の活動支援という連携を意識して長期安定化と共感の深みへと踏み出させていくことがその大前提になる。
地元獣医師会の獣医師さんたちには、「被災地と連携したケアのネットワークを作りたい」と説明している。一時預かりや譲渡される犬猫も被災しており、善意の引き受けは、生き物ゆえの困難や危機をくぐる。そのとき、地域サポートがないと飼育が続かない。そのサポートには地元獣医さんの協力が不可欠だ。この辺の相互理解のための地域対話が、やっと始まった。
月曜日に会合があるとのこと。この講演会の話が紹介され、検討されることになった。共感してくださることを祈るばかりだ。
「たかがペット」の世間の発想の世界に、私の活動は既に拘束されていない。しかし、そこにどのような直感的な共感をなおかつ拡げられるか。犬猫を引き受けさせられるという警戒感が先立つような反応が強い市民活動の関係者との鬼ごっこの壁を、政治の眼(戦略性の眼差し)で越える者もいないのが実情だ。だから、この獣医師さんたちの間接協力に応えるには、動物愛好家たちを巡回し、協力を得る以外ない。想像力と持続する志によって、必要性と、直感的共感の道を併行して探り続けている。
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岩手県は広い。私の目的の企業主の方は、陸前高田出身の方だが、岩手大学構内に県本部を置き、そこで活躍されている。だから陸前高田や大船渡で会えない場合は、そこから盛岡に出かけなければならない。宿泊地が2泊とも大船渡市内だから、盛岡往復しなければならない事態も織り込んである。往復5千4百円見込んでおかなくてはならない。ならないづくし、車の無い不自由さを感じてしまう。
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明日、テスト屋からのささやかな収入がある。明日は父の老健の七夕だ。父を車椅子に乗せて、平塚の紅谷町の七夕飾り通りを通ってくる。自由時間があれば、父と、父の好きな焼きそばでビールを買うことにしよう。すずめの涙程度だから、これを充てよう。
夜間傾聴:南大沢君(仮名)
(校正2回目済み)