日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

焼き場の少年

2013年08月15日 | 社会 政治
           

 8月は6日、9日、14日そして15日のその時間に黙祷。14日は終戦前日、岩国駅周辺が爆撃を受け千人に達する死傷者が出た日。

 原爆の悲惨さを多くの人に知ってもらいたい、そんな願いを込めた「ミニ原爆展」が近所で開かれた。広島や長崎の被爆写真、ぼろぼろに焼けた服、熔けた瓶などが展示されている。そんな展示品のなかの1枚の写真に目がとまる。その前からしばし動けなかった。それには「焼き場の少年」として次の説明文が添えられていた。

  焼き場に10歳くらいの少年がやってきた。少年の背中には2歳にもならない
  幼い男の子がくくりつけられていた。

  
  少年は焼き場のふちまで進むとそこで立ち止る。わき上がる熱風にも動じない。
  係員は背中の幼児を下ろし、あしもとの燃え盛る火の上に乗せた。間もなく、
  脂の焼ける音がジュウと私の耳にも届く。炎は勢いよく燃え上がり、立ちつくす
  少年の顔を赤く染めた。

  
  私は彼から目をそらすことが出来なかった。少年は気お付けの姿勢でじっと前
  を見続けた。一度も焼かれる弟に目を落とすことはない。軍人も顔負けの見事な
  直立不動の姿勢で彼は弟を見送ったのだ。
   (元アメリカ海兵隊カメラマンの話「トランクの中の日本」 小学館から)

 撮影の日時や場所が不明のため、原爆に係るか否か不明だが、戦争にまつわる一場面であろう。

 「戦争は兵隊が死ぬだけでなくて、一般の人が死ぬ方が多いんです」。あの101歳の医師、日野原重明さんは子どもたちにこう話しかけれれること200回を超えたという。それは、東京大空襲で運び込まれる負傷者を医師として見続けた経験から「戦争の悲惨さを子どもたちに教えれば、大きくなって戦争に走ることはないと信じる」と言われる。

 終戦の日、再び戦争はしない、すまいという集いが報道される。日野原医師の行動が成就することを願っている。

(展示の写真では子ども二人の顔は明瞭に写されていたが私がモザイクをかけた)
コメント (2)
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