
放送劇作家の西沢 實氏のエッセー「朗読談義」に「黙読して天下の名文も、朗読では、聴いていてさっぱり分からない悪文であるかも知れない。朗読では、わかることが先で、観賞は後である」という一節がある。
ラジオ放送開始直後の視聴者嗜好の1位はラジオ劇場と落語、2位講談、続いて義太夫、放送舞台劇などと続いた。上位は伝統話芸が多かったという。耳からだけの「受け」で聞き手は堪能し、人によっては干天の慈雨であった、と、状況を説明されている。
ブログは私が経験したり、見たり、聴いたり、読んだり、教えられたり・・・それが素材になって自分本位に書いている。一方で、毎日、大勢の方に訪問してもらっている。訪問数が多い日は歳に関係なくうれしい。といって大方の人の顔は知らない。能力もないが訪問者に合せた文など書けない。
ブログは一義的には読むもので、朗読するものではない。それでも、朗読してみたくなるようなブログが書けたら素晴らしい、と夢にも起こらない事を思う。そのためには素材を見つけることが1番だ。
これはエッセイ同好会でもよく教わる。このことがうまくいけば全てよしとも。読んで聴いてわかる素材、素直な気持ちになって探しに出かけよう。
(写真:半日陰に咲いていた蔓日々草は素材になるか)