
パチパチというリズミカルで心地よい鋏の音。近所で庭木の剪定をされている家から聞こえてくる。大きく高いくろがねもちは、この間まで赤い実をついばむ小鳥で賑やかだったが今は伺い知れない。
さつきの花がが終り近くなると狭い我家の植木も剪定を待っているように見える。脚立にあがって鋏を動かす。剪定と言うより伸びたところを切るだけの作業だ。高齢が高所で切れ物を使う作業、怪我のないようにと指差呼称し安全を確かめている。
切り落とした枝や葉の後始末をするとサッパリ感はある。植木も心なしか喜んでいるように見える。梅雨の晴間を見つけてこの作業をこなす時期になった。
近所の公民館に高さ数m㍍ほどでピンクの花をつける花水木が1本植えられている。春先から沢山の花を付け近所の人も訪れる人をも楽しませている。
その花水木に異変が起きた。数本の枝を残して丸裸にされた。職人さんの仕事と聞いた。剪定の理由は近所の方も知らない、という。これで育つの、来春花は見れるのと心配になる。
長く生きてきたら高貴ならぬ後期への選定が待っている。戦後の復興を成し遂げ今日の繁栄の礎を築いた人は安心安定の選択が出来なくなる。その説明が出来ぬままに進む政治、ここには思い切った剪定が必要だ。
(写真:剪定で丸裸にされた花水木)