歴代誌第二 8章
7月を迎えました。写真は庭のバラです。
8章は、ソロモンが主の宮と自分の宮殿を建て終えたときのことが記されています。一つはソロモンの外交、もうひとつは内政です。外交では、彼が宮を建てる際に援助を願い出たツロのフラム王との関わりです。2節には、「フラムがソロモンに返した町々を建て直し、そこにイスラエル人を住まわせた」とあります。このことに関連して列王記第一9章には、ソロモンはフラム(ヒラム)が用立てた木材や金の代価としてガリラヤ地方の20の町々をヒラムに与えたのですが、気に入らなかったヒラムはそれらをソロモンに返したという記事があります。20年の歳月をかけて神の宮と自分のための宮殿を建てたソロモンは、経済的にはかなり厳しいところを通されていたという事情が垣間見えます。しかし、歴代誌8章では、そのあとにソロモンとフラムの協働が記されていますので、関係は保たれていたと考えられます。
また、ソロモンが建てた、ハマテ、タデモル、上ベテ・ホロン、下ベテ・ホロンなどの地名が記されています。いずれもエルサレムから遠方の地名です。その中のタデモルとは、ダマスコの北東200キロにある地であり,後にここはパルミラという名前の通商都市として知られるようになります。最近ではISが占領中に、世界遺産であるパルミラにあるローマ時代の建築物を破壊したとして報じられました。
また、神殿や宮の建設にイスラエル人以外の人々を苦役に徴用したということが記されます。緊張が絶えなかった近隣諸国の民を用いたということは、外交面での施策の一つであり、内政面でもこの時点では国を治めていたということを伝えているのでしょう。
この章では、それらの政治的な出来事の中に、ソロモンが神を礼拝していたという記事が挟まれています。特に、16節に「主の宮は完全であった」とあります。これは、宮が立派に設計どおりに造り上げられたということを表しています。それとともに、彼の神との関係のよさを表しているのではないかと受け止めたのですが、いかがでしょう。