みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

愛する人々よ

2015年03月26日 | ユダの手紙

ユダの手紙 17−25節

 きのう午後は、市内外の障がい者支援施設と団体が協力して運営している福祉の店の改装の打ち合わせで、ものつくり大学におじゃましました。大学の先生がたが協力してくださって、学生の卒業研究の一環として店舗リニューアルを手がけてくださることになったのです。模型を手に、一生懸命プレゼンをする学生さんたちの姿に頼もしさを覚え、お願いしてよかった、と思いました。でき上がりが楽しみです。

 ユダの手紙には、「愛する人々よ」という呼びかけのことばが3回登場します。そのうちの2回(17節と20節)には、「しかし」と訳されることばを伴っています。偽教師たちの真相を暴き、彼らの行く末の悲惨さを描いたあと、「けれどもあなたがたはそうではない」と強調しているのです。流されずに踏みとどまるようにと、ユダは愛する人々に呼びかけます。

 20ー23節には、多くの命令形動詞によって、流されずに踏みとどまる具体的な行動が促されます。自分自身について言えば、信仰を堅持すること、いつでもどんな時でも聖霊の助けによって神に祈ること、神が自分を愛しておられることをどのような時にも疑わないことです。さらに、自分を聖く保つようにという勧めに加えて、真理と間違いの間に疑いを抱いている人々や、誤りに陥っている人とのかかわりについても勧めています。

 あの人は間違っているとして心の中で切り捨てたり、いい人だからといって情に流されて罪を処断できずにいたりとの課題が、教会にはあります。難しい…とさじを投げたくなるときもありますが、「愛する人々よ」と、声をかけてくださる主のことばに聞いていきたいと思います。

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イエス・キリストのしもべ

2015年03月25日 | ユダの手紙

ユダの手紙 1−16節

 「街の洋食屋さん」という看板を掲げているお店の前を行き来していて、いつかは行ってみたいと思っていたレストラン(食堂といったほうがいいかな…)の出前「カツ丼」をごちそうになりました。「とてもおいしい「カツ丼」でした。カツライス」も出前されましたが、洋食屋さんのそれ。一枚のお皿の中心は豚カツ。回りには主役を引き立てるかのように、キャベツの千切りとポテトサラダ、そしてトマト。別のお皿にきらきらと光るご飯が…。今度はお店に入って、「カツライス」を食べることにしましょう。 ごちそうさまでした!

 「みことばの光」3月号では、いろいろな聖書箇所を読みます。きょうとあすは「ユダの手紙」。ひそかに忍び込んで来た偽教師たちから教会を守ろうと、この手紙は書かれました。人を惑わして結局イエス・キリストの救いを否定するように誘う、教師たちの実態をユダは激しい調子で訴えています。とくに12、13節では、いかにももっともらしい教えが実は、薄っぺらで実体のないものだということを、これでもかこれでもかと書き連ねています。

 心に留めたのはユダの自己紹介のことば。彼は自分を「イエス・キリストのしもべであり、ヤコブの兄弟」だと紹介して手紙をはじめます。ヤコブもユダもかつてはイエスの弟として、イエスを救い主だと信じないで気が狂っていると思っていたのですが、主イエスの復活を境にして、彼らの人生には大きな変化が訪れました。自分がイエス・キリストのしもべだと公言します。ほかの人たちはこのユダを「主の兄弟」と呼びましたが(Ⅰコリント9章5節)、ユダ自身は、「イエス・キリストのしもべ」「ヤコブの兄弟」と呼んでいるのです。ここにユダの謙遜を見ます。

 人間関係の中で、ここは下に出てとか、ここではばしっと決めて大きく見せなければ、というような操作に明け暮れるのではなくて、自分は「イエス・キリストのしもべ」なのだという立ち位置を決めることの大切さを改めて覚えます。

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