ミカ書 7章
日本でクリスマスといえば、生クリームといちごケーキが思い浮かぶのですが、昨日妻が焼いてくれたので、聖書を読みに来られた皆さんといっしょにいただきました。月並みですが、美味しかった! です。
預言者ミカもイザヤも、神に選ばれたにもかかわらず神に背いて思いのままに歩む者たちへの厳しいさばきのメッセージとともに、回復と新しい世界についての、神の約束を届けています。神が彼らにさばきとあわれみのメッセージを届けているいう事実こそが、神がご自分の民を愛しておられるということを表していると、本書の終わりの章を読んで思ったことでした。
一生懸命種を蒔き手入れをしたとしても、収穫が期待できないというのは、農夫にとっては悲しむべきこと。そのことと、敬虔な者が力消えうせたということとが重なり、語られます。悪事を重ねる者が良いものを手に入れる一方で、善良な人・正直な人もすっかりやる気を失っているような世を、しかし神は決してそのままにはされません。
7節の「しかし、私は主を仰ぎ見、私の救いの神を待ち望む」ということばを心に留めたいと思います。世の中が全体として歪んでいる時、主への信頼を貫き通すのは簡単ではありません。「長い物には巻かれろ」というように生きたくなります。そのようなときに、「しかし、私は主を…」という思いを持ち続けたいです。
おいしいケーキをいただいたあとの聖書は、私たちの主が再びこの世界に来られることについて。繰り返される「目を覚ましていなさい」ということばについて、どうしたらそのようにいられるかという話になりました。私は、「主よ!」と言える近さにいたいとのことばが心に残りました。