詩篇 135篇
いろいろあった8月も、今日が最後の日。当地でも子どもたちの新学期(新学年)がもうすぐです。何となく気持が乗らないという気持のお子さんもいるのかもしれませんね。今年はどのような夏でしたか。
135篇の主題は、「ハレルヤ」とその御名をほめたたえる主は、私にとって、私たちにとってどのようなお方かということです。
この詩全体を「眺めて」目につくのは、「ほめたたえよ」ということばが多いこと。「ハレルヤ」も「主をたたえよ」という意味ですので、最初から最後まで主をほめたたえよとの呼びかけが連なるのです。
しかし、主がどのようなお方かを知らなければほめたたえることなどできません。この詩の作者は、その理由を並べます。「まことにいつくしみ深い」、「御名は実に麗しい」、「イスラエルを選ばれた」、「大いなる方」、「望むところをことごとく行われる」、自然を治められる、ご自分の民イスラエルををエジプトから約束の地へと導かれた、そして約束の地を与えられた…と歌います。
けれども、私たちにとって、私にとって何か良いことがあったので主をほめたたえるのではないとも考えました。神は神だから、神に造られた私たちは「ハレルヤ」とほめたたえるのです。そして、ほめたたえる私たちは、主が私にとってどのようなお方かを知ろうとします。いや、知りたいです。