ペテロの手紙第一 5章
月火と訪ねたブリュッセルの地下鉄のとある終着駅に、同労の方が案内してくださいました。なんと、子どもたちがぼろぼろになるまで読んだ「タンタンの冒険」の作者エルジュによる絵が駅の壁一面に描かれているのです。
この手紙の終りに、ペテロはまず、諸教会の長老たちに勧めます。今なら牧師でしょうか。その際に、彼は自分のことを三つのことばで明らかにしています。
初めは、「同じ長老の一人として」ということばです。このことばを目にしたそれぞれの教会の長老たちは「ああ、自分は孤独ではない」、ペテロも自分と同じ働きをしているのだという思いを抱き、ペテロのことばに、より注意を払うことになったのではないかと想像するのです。
次は、「キリストの苦難の証人」ということば。ペテロは主イエスの弟子として、主の十字架と復活を目撃しました。けれどもそれは、弟子として何の落ち度もなく立派に証人としての務めを果たしたというよりも、「穴があったら入りたい」と思うようなことでした。
けれども彼は、主のあわれみによって赦され、キリストの苦難の証人としての歩みを許されたのです。苦難を経験している多くの長老たちにとって、これは大きな励ましでした。
そして、「やがて現される栄光にあずかる者」と自分のことを言っています。苦難の中で心が弱り、くじけそうになる長老たちもいたことでしょう。何がゴールに待ち構えているのかが見えにくくなるときに、やがての時、大牧者が現れる時に目を向けるようにとのことばは、どんなに彼らを力づけたことでしょう。