詩篇 84篇
「まことに あなたの大庭にいる一日は 千日にまさります。」10節
手作りのザクロのタルトをいただきました。種もボリボリととても美味、ごちそうさま! きょう、10月31日は当地では「宗教改革記念日」です。プロテスタントの多い州では祝日ですが、私が住む州は週末の普通の土曜日です。今回の感染症拡大で、ヴィッテンベルグがちょっと遠く感じます。
本篇には神の家を慕う詩人の思いが歌われています。「あなたの住まい」、「主の大庭」、「あなたの祭壇」、「あなたの家」、「シオン」、「あなたの大庭」、「私の神の家の門口」ということばによって、「なんと慕わしい」、「なんと幸いな」ということばの繰り返しによって、神がおられるところに自分がいることのあふれるほどの喜びが伝わってきます。
しかし詩人は、平穏無事な中でこの歌を詠んでいるのではありません。「涙の谷を過ぎるときも」や「悪の天幕に住むよりは」などとのことばは、彼が辛いところ、誘惑の激しい中にいたことを想像させます。
神のそばにいるとは、実際にはどこで味わうことができるのだろうかと思い巡らします。実際に聖地と言われるエルサレムを訪ねることだろうか、日曜日にともに礼拝の場に加わることだろうか、そのようなことだけではない、自分が「ここは神の大庭だ」と思えるところならどこででも、神に会えるのです。想像もできないほどの神の恵みです。
10節でうたわれているように、神のそばにいることを「なんと幸いか」「なんと慕わしいか」と、感謝し喜びとしているだろうか…。