みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

王権は主のものに

2016年12月26日 | オバデヤ書



 日曜日のクリスマス礼拝。すでに休暇で出かけている方もいるので集まった方は少なめでしたが、いっしょに救い主のご降誕を祝いました。帰り道は、道も空いていて静かなクリスマスの街でした。きょうから数日、出先から綴ることになります。写真からご想像ください。

 「みことばの光」にあるように、オバデヤ書はわずか一章の預言書。神のことばの鉾先はエドムに向けられています。エドムは、イサクの双子の息子のうちのエサウの子孫です。死海の東側がエドムの地。神はエサウをさばこうとしておられるのです。エドムが、兄弟国イスラエルに冷ややかにしていたことを問題にしておられるのです。

 心に留めたのは、21節の「王権は主のものとなる」ということば。
神はイスラエルの民にとってだけでなく、すべての民の主だということを覚えさせることばです。
今の混乱した世界の中でいつこのような約束が実現するのだろうかと思うのです。クリスマスは救い主のご降誕を覚える時であるとともに、このお方がやがて、いや、まもなく王としてこの世界においでになることを忘れないという時でもあります。「みことばの光」にあるように、「主イエスよ。来てください」と祈ります。

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ただ、ながめているな

2011年12月19日 | オバデヤ書
オバデヤ書


 土曜日に、子ども英会話クラスのクリスマスパーティーがありました。Dsc00669いつも来ているメンバーはいろいろな用事があって4人しか集まりませんでしたが、お友だちやお家の片などがきてくれて全部で30人以上の大盛況でした。写真は手作りのピラミッド型クリスマスケーキ。そのおいしかったこと! とっても大きなものでしたがペロリとお腹に納まってしまいました。

 「みことばの光」による聖書通読計画では、旧新約聖書を5年に一度読むことになっています。創世記などの長い書物はしばらくの間読み続けますが、オバデヤ書はたった一日で読み終えてしまいます。5年間1826日のうちの1日だけなのです、オバデヤ書を読むのは! …と考えると、なんとなくオバデヤ書がいとおしく感じられます。

 オバデヤ書は、「…読む前に」にあるようにイスラエルの隣国であるエドムへの神のさばきの宣告です。
 この書を読んでエドムについて思うのは、兄弟国である隣国イスラエルに冷淡な態度をとり続け、その弱みにつけ込んで「漁夫の利」を得ようとする姿勢です。

 心に留まったのは、「あなたはただ、ながめているな」ということば。傍観も神が悲しまれることなのだということを思わせられます。けれどもこれはなかなか難しい。生活の中で「見て見ぬふり」というのは意外と多いのです。エドムのように、「岩の裂け目に住み、高いところを住いとし」て「高みの見物」を決め込んで自分だけは安全だと、居続けたいのです。
 
 改めて、傍観して入られないと、越えられない壁を打ち破ってこの世においでになり、私たちと同じようになられたイエス・キリストを思います。




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