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大江健三郎『「自分の木」の下で』

2023年03月27日 01時13分07秒 | 文学
大江健三郎『「自分の木」の下で』(朝日新聞出版)を図書館で借りて読んだ。
大江健三郎については少し前に全集で読みたいものはあらかた読んだので亡くなられても読むつもりはなかったのだが、全集にエッセイは載っていなかったのでこのエッセイのことが気になり読んでみた。出た当時、彼の本気の仕事ではないように思いバカにして読まなかった。
読むと、感心できることとそうでもないことが書かれている。

たとえば以下のようなところに感心した。

《あなた方が、ある本とジャストミートするためには、それを読むことを急ぎすぎてはなりません。しかも、いつも自分の知らない本に目を光らせていて、これは良い本らしいと思ったら、まず、その実物を本屋なり図書館なりで、見ておくことです。余分のお金があったら、買っておくのがいちばんいい。そしてずっと忘れないでいて、ある日、その本に向かってバッター・ボックスに入って行くのです。》(103頁)

《そのいま、はっきりわかることはですね、なにより大人と子供は続いている、つながっている、ということなんです。(中略)さらに、自分の生きてきたやり方がまちがっていた、と考えることになったら、そこで死んでしまったりしないで、生き方をやりなおすことができる。》(110頁)

死んだと聞いてから読んでみると、大江健三郎は元気を出して死んだかなとか、大江健三郎の死を彼の家族は「ある時間」を待ってきれいに解くことができるかな、とか考える。
少なくとも私にはもう少し「ある時間」を待ってみる必要がある気がする。ちょっとまだよくわからない。

続篇も読んでみようかなと思うくらいは心を動かされた。
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