藤井城の番人に?

2024-03-30 00:00:12 | しょうぎ
叡王戦の挑戦者が伊藤匠七段に決まった。どうも棋界No2争いは、伊藤匠七段が抜けだしそうな予感がある。

ところが、今のところ彼は藤井城郭の攻略に成功していない。石垣どころか門を破ることすらできない。後手持将棋定跡で臨んだものの、そもそも先手なら必ず勝てるわけでもなく、後手だと必ず負けるわけでもないので、勝ちを狙わず引き分けを狙った作戦で番勝負では勝ち目がない。おそらく、まずは持将棋、次の機会に1勝、その次の機会に2勝と長期計画の第一歩だったのだろう(と信じたい)。

大山康晴時代に二上達也という後に将棋連盟の会長を務めた大棋士がいて、大山氏がいなければ永世名人になったと思われるほど、多くのタイトル戦を大名人と争ったが、タイトルを獲得したのは数回。実力差以上に苦手としていた。

No2がNo1を苦手とすると業界全体が沈滞するわけだ。

話は大きくかわるが、琵琶湖湖畔に安土城址がある。織田信長が築城した南蛮デザインの高層天守閣があった。岩がちの山道を平地から登っていかなければならないが、山道の入口に二つの館跡がある。最初にあるのが前田利家の館。そして次にあるのが羽柴(豊臣)秀吉の館だ。つまり信長は、一の子分が秀吉、二の子分は利家と表現していた。門番1、門番2。明智光秀の猜疑心は燃え上がっただろうと思われる。

棋界にも光秀は現れるのだろうか。三日天下と言われるが、生涯1期だけでもタイトル授与式に出たいと思う棋士は大勢いるだろう。


さて、3月16日出題作の解答。







今週の問題。


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