新釈 走れメロス他4篇(森見登美彦著)

2021-06-08 00:00:39 | 書評
2007年、森見登美彦氏による文学作品。小説ではあるが、有名な文学作品を現代風に書き直したもの。原作は、山月記(中島敦)、藪の中(芥川龍之介)、走れメロス(太宰治)、桜の森の満開の下(坂口安吾)、百物語(森鷗外)。



本五作は舞台を京都に移し京都大学の長期留年生である斎藤秀太郎が共通の登場人物となっている。冒頭の山月記では斎藤の終の正体が空飛ぶ天狗になることが公表されているわけだ。本物の山月記では主人公は役人の身分を捨てて文学に身を沈めた結果、美しい虎になったが、本作では留年生から天狗になり、登山客を時々脅しているわけだ。ただ、斎藤氏は他の四篇ではストーリーの表側には出てこないエキストラ出演に留まる。

実際、五作ともストーリーの骨格の骨格というべき基本構造は同じでも、それだけなので、「換骨奪胎」というのではなく、「換肉奪胎」というところだろうか。

内容的に濃厚なのは「走れメロス」と「桜の森の満開の下」と感じた。ただ、私の感受性が狂っているからかもしれないが、原作には漂う妖気のような読者を押し込む作家の精神力は、あまり感じられなかった。あるいは作家にとって他人の作品の中に自分の執念のようなものを詰め込むことは流石にはばかられたのかもしれない。