日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

竹林になりたい

2012年06月04日 | 自然 季節
           

 旬の食材のタケノコは人工栽培はまだできない。このあたりでは孟宗竹の子として収穫する。その孟宗竹から、いま、細くて薄い葉が舞い落ちている。見た目はさらさらと気持ちよさそうで、その姿は詩歌の題材にもなる。

 しかし、竹林のそばに住む者には、散り積もった葉を掃除するのは大変な手間と労力を必要とする。経験した者だけが知っている苦労だろう。雨にでも打たれようものなら、べっとりと重なりくっつきあった合った葉は、土とは張り合わせたようにくっ付いている。こうなると竹箒も役に立たず、乾くまで待つしかない。

 そんなことなど知らない来客から「竹の笹を撒いたようですね」と。ちょっと嫌味に聞こえたが、弁解はしなかった思い出もある。竹の葉はそんなことはお構いなく落ちてくる。もっといいものが降ってくれれば、母は時々そんな愚痴をこぼしていた。タケノコの産地ではこれが綺麗に取り除かれている。大変な仕事と思う。

 そんな竹の葉を上から受けながらもタケノコは、毎日伸び伸びを続け、親竹に負けない背丈になった。いま、きつくなった皮を脱ぎながら、これから竹の葉を茂らし親と同じ姿に成長する姿が見られる。乾燥させた竹の皮で遠足のときむすびを包んで持って行くなど、包装に使われた。おしゃれなお店では器にされているとか。

 この竹、里では畑への遠慮ない侵入で嫌われている。植林された山へも域を拡張している。こうした侵食対策で県税を年500円収めている。成果の上がっていることを信じたい。荒れる竹は竹薮の竹、そうでないのは竹林、これは竹細工を趣味とする人の話。竹林はきっちりと管理されている、竹薮は誰も手を入れない違いがある。錦川そいの竹の茂りを竹林と紹介してきたが、単なる竹薮だった、そう思い直しているこのごろです。 

 
コメント (2)
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