”朝吼夕嘆・晴走雨読”

「美ら島沖縄大使」「WeeklyBook&Reviews」「マラソン挑戦」

「未完の西郷隆盛」:先崎彰容著(新潮社)

2020年07月10日 | 「Weekly 読書感想」

                                   
 在京の奄美出身有志は「敬天愛人の会」を形成し、西郷隆盛を神の如く尊崇し、毎年講演会等の記念行事を行っています。私の神田事務所の近くにも「西郷隆盛会館」があります。これは奄美に対する西郷の配慮と情愛への感謝の基盤がありますが、この評価には諸説があります。西南戦争での非業の死、征韓論、大久保利通との対決等々、議論が尽きず、その歴史的評価は今もって侃々諤々です。
 昭和45年生のこの著者の橋川文三、三島由紀夫、江藤淳、丸山真雄、司馬遼太郎等々の幅広い西郷論紹介には目くるめく、その幅広調査視点には感嘆です。その騒乱視点は“未完の西郷隆盛”という書名に凝縮されています。

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故・新里オーム電機㈱会長を慰問

2020年07月08日 | 「美ら島沖縄大使」便り

   

 先日、新垣関東沖縄経営者協会長と吉川のオーム電機㈱工場を訪問し、社長を承継された御息娘の彩社長様に逝去された故・新里会長の御慰問、ご挨拶致しました。彩さんのお話しでは故・新里会長の奥様は会長と同期で元ひめゆり学徒であられ、90才の今も毎朝「日経新聞」読んでおられるとのご健在にはビックリしました。
添付は28日、私が新報紙に掲載した追悼文ですが、沖縄のひめゆり同窓の方々から”記事載ってるわよ”と連絡頂いたとのこと、彩社長さんから御礼頂きました。

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「30年前、懐かしの大連を訪問」

2020年07月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り

               
 終活・断捨離していたところ、懐かしい昔の写真が見付りました。この写真は今から30年前の1990年、妹と75才を迎えた母を連れ、私が6才まで暮らした満州の大連を訪ねた時の懐かしの写真。この頃はもう茫々と古びていましたが、1946年私達一家が佐世保に引き揚げるまで暮らした大連のアパートの“澤ビル”。私達が住んでいたこのアパートの3階の部屋にはその時中国の人が住んでいましたが、快く思い出の部屋を案内して頂きました。記憶にあるお風呂部屋やベランダからの風景を眺めました。流石にこのアパート、今はもう無くなっているだろう
 この時の母の嬉しそうな回顧感慨と現地の人々の快い対応に”最も親日的中国・大連”が忘れられません。


           

 

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「悪漢の流儀」(宝島社):「海峡に立つ」(小学館)~許永中著

2020年06月22日 | 「Weekly 読書感想」

     

 両書は戦後最大の詐欺事件と言われるイトマン事件で逮捕され、脱房、日本国籍を失い、現在ソウルで暮らす、大阪中津生まれの身長180センチ、体重100キロの巨漢在日韓国人の回顧禄?大阪工業大を中退し、不動産、証券等の経営をし、巨万の富を築き戦後最大のフィクサーと呼ばれているが、どのようにしてこれだけの資産を築いたのかその詳細は語っていないが、闇商売とはいえ、これだけの資産形成力には!異業界とはいえ、プロレス力道山、空手の大山倍達、野球の金田正一、張本勲、芸能界の和田アキ子等々在日韓国人のパワーを感じます。差別が力を生むのか?あるいは在日韓国人のパワ―とこうした人材を育む日本土壌のマッチング産物か?
 
そういえばこの大阪中津とは少し離れていますが大正区の鶴町には奄美出身の私の叔父伯母従兄弟がおり、私も何度行きました。近くの千鳥には「沖縄県人会館」もあります。

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「蔵書?断捨離!」

2020年06月19日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                               

 三密は解除されましたが、先日までの自宅籠りで懸案の蔵書や写真の“断捨離”を試みましたが、気が付けばついつい昔を思い出し、手に取り時間が経過していました。古書では沖縄、奄美関係の本が多く、古書店に買い取って貰うか、NETで販売しようか?早稲田の書店街には「琉球・沖縄関係専門店」がありますね!  
 皆さん!いいアドバイスあれば!

 

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「お金の流れで読む日本と世界の見本」;ジム・ロジャース著(PHP新書)

2020年06月11日 | 「Weekly 読書感想」

                                
 伝説の投資家として有名な著者のインタビュー録の本書。私が最も印象に残る内容は現在様々な問題点があるもののやがて世界を制覇するという中国や韓国の将来への視点。かつて火薬、羅針盤、活版印刷の「ルネッサンスの3大発明」を生んだ中国は今後益々発展し、世界を制するという視点や南北統一を果たす朝鮮半島は北朝鮮のリードの下、日本を凌ぐという予測。単なる予測、希望だけでなく、著者は家族と共にシンガポールに移住し、娘達を現地の大学に通わせ、中国語を学ばせている。しかも、少子高齢と借金大国で移民を受け入れない日本はこのままでは2050年に滅ぶるという。ナショナリズムを脱した驚愕の慧眼と言うべきか

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御哀悼!新里㈱オーム電機会長!㈱エーデルワイス比屋根会長

2020年06月09日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                                      
               (新里会長)       (比屋根会長)

  今年、沖縄出身の創業経営者お二人が相次いで亡くなり、心から御哀悼申し上げます。私達関東沖縄経営者協会は2016年の50周年には㈱エーデルワイスの比屋根毅会長に、2018年にはオーム電機㈱新里和平会長に御講演頂きました。創業30年で僅か売上20億の零細経営者の私はお二人の驚異的成功談に圧倒されました。お二人には幾つかの共通点があり、共に八重山出身、10代で東京、尼崎に上京され、洋菓子、電器具と分野は違うものの一代でそれぞれ1000人、2000人の従業員を雇用、売上100億、200億を超える会社経営に成功し、在京沖縄出身の経営者にとっては神格的創業経験の先輩です。何とお二人、今年3月、6月に89才、82才で相次いで逝去されました。今年傘寿の私も我が生末を思い馳せました。
 私は2009年比屋根会長が著された「菓子ひと筋」の書評?を琉球新報紙「日曜評論」欄に掲載し、新里会長とは新垣関東沖縄経営者協会長と何度かお会いした思い出があります。改めて郷土の大先輩お二人の御哀悼、心からお悔やみ申し上げます

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「野入琉大教授による“異郷の島人・重田史”出版

2020年06月06日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                   
  琉球大学「プロフェッサー・オブ・ザ・イヤー」受賞の野入さん(前列左から二人目)~H21年

 社長退任を期に30年間に亘り沖縄からの社員採用経験報告の「おきなわ就活塾」(新宿書房)を出版した折、もう少し創業経験談や自分史を書いて欲しいとの声がありましたが、この度、京都出身の野入琉大教授が大学から助成を受け、戦後南西諸島民の移動史一例として私の閲歴・生涯を調査インタビュー録:「異郷の島人~在沖奄美人の越境・創業」(仮題)を「みずき書林」から出版することになりました。
 移動社会学・移民研究の野入博士との出会は2008年ブラジル・サンパウロで開催された「おきなわ移民100周年フォーラム」でしたが、それ以来、大学での講義、学術研究、アメラジアンスクール副理事活動と多忙な最中、20年余りの私のblog・新聞投稿等の執筆、母の近江絹糸・女工哀史、父の満州渡航移住、私の故郷・奄美大島・加計呂麻島でのインタビュー調査、在沖奄美人の歴史調査、板橋帝京大学「癌シンポジウム」での私のスピーチに沖縄から日帰で上京取材等々とその調査行動パワーには驚きました。これは単なる”重田史”を超え、日本近代史に翻弄された南西諸島民の移動漂流( ´艸`)の一事例とそれにチャレンジ?したわが身の生涯史の共著?とも言える今回の教授の上梓は余命いくばくもない傘寿での出会に僥倖を感じます。新型コロナウィルス蔓延で出版作業は多少遅れていますが、はっきりしたら改めてお知らせしますね!

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「畑人(ハルサー)の戦みち」:源河朝良著(あけぼの出版)

2020年06月03日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                         
 私は1940年奄美大島から満州に出稼ぎに渡った両親の下、1040年満州・ハルピンで生まれ、7歳で大連から奄美引き揚げてきましたが、良く言われる満豪開拓民の苦難、辛さは知らないのです。
 本書はコザ高校から九大に進学し、沖縄県で高校教師をした著者による沖縄から開拓民として満州に亘った大正6年(1917)生まれの兼城賢清氏の波乱万丈のインタビューストーリ。2013年カジマヤー(97才)を迎える本書取材対象の兼島氏は戦後、沖縄に引き揚げた後、沖縄中部で人民党に入党し、平和運動家として活躍する波乱万丈のストリー。本書で最も衝撃だったのは中国滞在中に沖縄出身の奥様との間で出来た残留孤児として中国に残した娘さんと再会し、その後しばしば中国に行つたり、娘さんも来日し、親子として深い交流を続けますが、DNA鑑定の結果、実親子ではないことが判明することです。それでも親子はこれまでの契で親子関係の交流をすることです。それにしても、私より5歳若いこの元高校教師は3年間に亘りこのインタビュー執筆中,司法試験を目指すご子息さんの死亡に衝撃を受け一時中断しますが、立ち直り500ページ近いこの著述活動は感嘆です。実は本書はamazonネットには載っておらず、電話で注文購入し、著者とも直接お話ししました。著者の源河さん、本当に有難うございました。

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「20年前、思い出の「料亭:松乃下」

2020年06月01日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                 
  新型コロナウィルスによる自宅籠りの三密生活で、“断捨離”を試み、古いファイルを整理していたら懐かしい写真が見付りました。これは創業から25年、そろそろ社長退任を模索して、沖縄に帰省した際、在沖有志の美女連が慰労会を開催してくれた?は間違いで私が勧誘招待したか?(^○^)

 場所は「料亭那覇」「左馬」と並ぶ有名な沖縄の伝説の那覇市辻の3大料亭の一つ「松乃下」。惜しむらくはこの「松乃下」はこの6年後、長い歴史を閉じました。写っている皆さん元気かな!20年前とは言え、許可なく個人情報の開示申し訳ない(´Δ`;)・

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「素晴らしきかな人生」:翁長君代自伝(若夏出版社)

2020年05月30日 | 「Weekly 読書感想」

        
 琉球大学家政学部の祖とも呼ばれる翁長君代先生の自伝は「琉球新報」連載記事でも読んだ記憶がありますが、この度、制作担当「若夏社」の山川さんから贈与頂き、新型コロナウィルスで自宅三密生活の中、一気に読みました。東北の山形県に生まれ、奈良女子大卒業後、朝鮮高等女学校教師に就職、朝鮮総督府に勤められていた翁長俊郎氏と結婚、終戦で御主人と共に沖縄に渡航、以来30年以上琉大教授をしつつ、様々な社会活動をなされ、多くの叙勲を受賞され、79才の晩年、娘さんの斎藤陽子さんが住まわれるカリフォルニアで逝去される。山形、奈良、朝鮮、沖縄、米国留学と華麗壮絶なライフストリーには感嘆です。琉球大学創設時の詳細な経緯記述は瞠目です。
 東京外大を卒業し、朝鮮総督から沖縄に帰郷し戦後、沖縄外語学校の初代校長を務められた後、事務局長として琉大創設に尽力されたのがご主人の翁長俊郎先生でした。琉大は当時の在琉民政府の仲介によるミシガン大学による教材、シラバス等々多大な支援で創設され、そのミシガン大学との折衝は
英語鞭撻のご主人の翁長教授が志喜屋学長をサポートし、多大な尽力をされたのです。実はこの翁長俊郎先生は私が琉大に入学した時の英語担当の恩師でした。琉大1年の時、現在の首里城跡に建設された琉大校内の「放生池」埋め立て問題について私が当時の琉球新報に投稿したのですが、これを読んだ翁長先生から「あの投稿は君か!」と咎め?られた忘れられない記憶があります。
 また、当時那覇市の安謝に住んでいた母が「これから翁長君代先生の番組!」と、まだテレビの無い当時、唯一の音声マスコミ「親子ラジオ」に走りよる姿を覚えています。
ことほどに当時の翁長君代先生は沖縄で大和文化を発信するカリスマ講師として県内主婦の間で絶大な人気がありました。その10数年後、東京のWUBイベントで「私の母は翁長君代で父は俊郎です」と言われ、“え!”と驚いたのが翁長君代さんの娘さん・斎藤陽子さんとの出会いでした。その縁で後にロスアンゼルス郊外の高級住宅街として知られるWalnutの豪邸に招かれたり、ご子息お二人の絢爛たる結婚パーティに呼ばれたりと続く至福の絆です。以下18年前、そのWalnatの斎藤邸宅訪問のBlogご覧下さい。(https://blog.goo.ne.jp/shigeta-nas/e/c18c731ead6fa4e404360a1440a93060)

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「三密閉鎖ライフを開いてくれたパソコン!」

2020年05月28日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                          
 ようやく新型コロナウィルス蔓延による三密が解除されましたが、自宅閉塞中外部への窓はパソコンでした。毎日50通を超すメールが来ますが、その7割はセールス・ダイレクトメールで毎朝、その削除、受信拒否登録に30分程かかっています(>_<;)。現役の頃は顧客、社員、知人等から連日30通を超すメールを頂きましたが、リタイヤの現在は10通前後。とは言えこうした友人からのメール対応には閉塞心が開放されます。 それ以外、私のBlogには一日300人から400人近いアクセスがあり、そのアクセスされたページを読み返し、我が身の過去をレビューします。そのアクセスがあればこそ、四苦八苦なんとか週2回程Blog更新作業です。これもあれもボケ防止(>_<;)。この20年近いBlogアップの切っ掛けは社員向けのイントラネット発信でした。

 

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「一流患者と三流患者」:上野直人著(朝日新書)

2020年05月26日 | 「Weekly 読書感想」

                                                      
 月一度、定期検診を含め医者通いの私、本書の題名に惹かれ読みました。筆者は和歌山県立医科大を卒業しアメリカ・テキサツ大・癌センタ-に勤務する医学教授ですが、趣旨は医者の言われるまま何も質問しないで従うのは三流患者で、一流患者は積極的に担当医者に質問しなさいとのこと!著者によると日本の患者は医師の言いなりに、何も質問しない傾向が強いとのこと?私は本書を読んだ結果とは言いませんが、出来るだけ問われずともこちらから診療の医者に話し掛け、問い掛けるように努めています(^○^)
 その結果か?先日帝京大学医学部で行われたシンポジウムで患者代表としてスピーチさせられました。

 

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「女優・岸恵子との出会い?」

2020年05月24日 | 「美ら島沖縄大使」便り

                     
 新型コロナウィルス三密生活でテレビ、パソコン、読書生活?新聞は朝日、日経、沖縄タイムス、琉球新報、南海日日の「月刊奄美」を購読していますが、最も魅かれるのは「月刊奄美」。朝日の夕刊は最もツマラナイないけど、必ず興味深く読むのは土曜Be onの「フロントランナー」と漫画「サザエさん」。毎日欠かさず読むのは日経の「私の履歴書」,会社人事,土曜の「M&I」.中でも現在連載中の岸恵子の87歳とは思えない妙意溢れる筆致には感嘆です。本当に彼女自分で書いているのかな?実は岸恵子には忘れられない思う出?があります。それは私が現役経営の時、月一度位は大阪に出張していましたが、ある時大阪の新阪急ホテルから陸橋を渡っていると、岸恵子に似たスラットした素敵な女性が一人、陸橋から大阪市街を眺めていました。“まさか、岸恵子さん!では”と私は後ろから眺めていたら、振り返りニコッとして笑い、去って行かれる姿に驚嘆しました。長く、あんな名優が一人で歩く筈がない?あの人、岸恵子だったかなあ?“と思っていましたが、今回、名女優とは思えない一人で彷徨,フランスに移住、結婚する奔放な彼女の自叙ストリーを読み、“あれはやっぱり、間違いなく岸恵子さんだったんだ”と思い返しました。

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「起業で成功する人、失敗する人」;金原隆之著(フィレスト出版)   

2020年05月22日 | 「Weekly 読書感想」

                                                        
  創業時知人に紹介された税理士は“交際費として計上すれば、利益が増えますからその2割貰えませんか”とか、経理担当社員へのセクハラがあり、1年で辞めて貰いました。その後、三菱銀行の紹介で公認会計士の資格も持つ、税理士を紹介頂き、以後30年に亘り、監査役としても大変お世話になりました。ただ、社員が50人を超した時には法人税が上がったり、産業医の選定が必要なのですが、そのことに関する税理士からの指導がなく、税務署や監督署から摘発されました。また、共に顧問料を払っていた子会社との取引や東京沖縄県人会から受託の「県人会名簿作成費」の未収入を損失計上が税務署から社長交際費の隠蔽として重加算税を課された苦い経験があります。その時も税理士から「指摘が欠け、申し訳ない!」とお詫びされました。これはペパースタディの士業・税理士の経営業経験不足によると思います。そんな士業の著者がどこまで経営の本質に迫れるかと本書を手にしましたが、創業会社の8割が2年内に倒産する中、この著者の顧問会社は80%が生存しているとのこと。その内容はFFMB、3C、AIDAM、KPI、PDCA、SAM、M&A等々フレーズの羅列ですが、私はPDAC、M&A以外は初めて接するフレーズです。

 

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朝吼夕嘆

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