女は生きる-名前が語る女の歴史(寿岳章子著)

2016-04-14 00:00:42 | 書評
1968年の著であるから、約50年前の本。「亀子」という女性の名前の悩みから書き始められるのだが、そこから女性差別の方向に進んでいくのだが、ちょっと論理的に苦しい。

onnnahaikiru



古臭い名前というのは、おそらく親が名前を付けるのはゼロ歳の時なのだが、名前が社会手に意味を持ち始めるのは15年後から20年後のあたりである、社会との時差が問題なのだろう。

男の名前だって、亀吉とか捨松とか、よくない名前はあったようで、著者も男の問題としてもある、と書かれている。

女性差別の問題は、個々の家の男性(ジジとかパパ)の問題ではなく、社会全体の問題であるのは間違いないところだ。

ところで、世はキラキラネームだったのだが、どうやらブームは韓国方面にいってしまったようだ。あまりおかしいのは減ったように思う。たとえば、自分でやっている将棋教室でも子供の名前でキラキラは殆んどなくなったようだ。ランダムに並べると、

律紀、龍之介、理史、遼太郎、倫太朗、耕助、惺也、紘大、祐太、信太郎、遼一郎、颯人、琳太郎、陸、雄大、成、遼太郎、祐宇、るか、あやな、真央、真喜、泰成、琉生、匠、大吾、一青、相太、ゆい、といったところだ。

遼太郎とか倫太郎が人気だ。「葉一郎」なんてお気軽なのはない。これでも本名よりはだいぶ格式は高いのだが。

私には読めない、こどもには書けないといったところだが、級位認定書に名前を書かなければならない。

それと、「渡邊」という苗字にも悩まされる。