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2008年12月20日の読売新聞山梨版で米兵アルバム65年ぶり祖国にという記事を読みました。
『第2次世界大戦中に元日本兵がフィリピン・ルソン島のバターン半島で拾った米兵捕虜のものとみられるアルバムが、米・ニューメキシコ州にある「バターン記念館」に渡り、約65年ぶりに祖国に帰還した。アルバムを拾った渡辺時雄さん(90)(忍野村忍草)は19日、報告を受け「こんなにうれしいことはない」と喜んだ。』とのことです。この返還に仲立ちをなさったのは甲府市千塚にお住まいの小石孝夫さんと米国出身のロベルタさんご夫妻で、お二人のお名前は甲府空襲などについて調べた時に存じております。「甲府空襲と学童疎開」の記事に書いたように一度お目にかかっております。

この「バターン記念館」は、Bataan-Corregidor Memorial Foundation of New Mexico, Inc.(バターン・コレヒドール記念財団?)が運営しているもので、今回の素晴らしい出来事を報じる現地の2008年12月1日記事がWWII prisoner's photo album returns to New Mexico rootsと分かりました。このページからリンクされている写真集は順にクリックしていくと様子が分かります。現地でのご夫妻や退役軍人さん達の写真7葉がコメントと共に見られます。
 The photo album was found by Lt Tokio Watanabe in a bunker on Bataan. While moving cannon down the Bataan Peninsula to take a position at the southern portion of the Pennisula to fire at Corregidor, Watanabe passed the American troops making the “Death March”.
The Koishi's explain that Tokio Watanabe ? the soldier who found the photo album ? used the front portion of the book for his own photos, of which there are approximately 100 photos.
When Mrs. Koishi shows a picture of an American soldier with a horse, veteran Bill Overmier tells her the 200th Coast Artillery Regiment did not take their horses overseas. Ernest Montoya jokes, “We ate them on BATAAN!”
軍隊用語を正確に知りませんが、バターンに派遣された「第200砲兵連隊」というのがこの記念館に関係しているようです。New Mexico National Guard については州兵(Wikipedia)が参考になりますが米軍について私は第二次大戦中も現在も明確にはわかりません。
アルバムから見つけた名前を検索発見されたのはTHE NAMES PROJECTかも知れません。ベテランというのは退役軍人のことで、最近では日系三世のシンセキ氏がオバマ次期政権の退役軍人省長官に内定したことが記憶に新しいです。

上記12月1日の本文記事からリンクされて現地報道と思いますが、Search on for owner of WWII photo album(第二次大戦アルバムの持ち主を探して)という動画入りの記事
Death March prisoner's album returned(死の行進捕虜のアルバムが戻った)というこれも動画入り記事が読めます。
エキサイト 翻訳を使うと機械翻訳で日本語に概訳して読めます。

このアルバムの事は山梨日日新聞で2008年11月16日の記事、『米兵のアルバム“帰還”へ』(リンクは切れています)から知っていました。同紙でも2008年12月20日に渡辺さんに米軍が勲章授与 戦時中のアルバム66年ぶり“帰還”がありましたが、私は読売新聞の記事から上のような事を調べました。読売新聞記事で『バターン記念館では、かつて「死の行進」を強いられた元米兵を含む約70人が起立して2人を出迎えた・・・』まで読み進んだ時にはもう涙がでてきてしかたありませんでした。アルバムは持ち主に代わって I shall return! を果たしたのか、それを迎えた戦友の方々、ここまでのご苦労を続けられた渡辺さんや小石さんご夫妻に深い感銘を受けました。 戦争と平和はいつも考えていなければならない問題です。派遣切りがある日本は今戦時下にあるとすら思う今日この頃です。内乱が起こらないのが不思議なほど・・・日本国民の死の行進を指揮しているのは誰・・・『後に続くものを信ず』と散華された山梨県出身の若林東一大尉の言葉を忘れずに・・・



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