”朝吼夕嘆・晴走雨読”

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哀悼!池田典義さん

2023年12月04日 | 「美ら島沖縄大使」便り
                    
                          (1988年、シカゴ・ツアーで!)
 ~共に1940年生のIT創業、右が池田さん、左が故・五味さん~ 
   
 東証一部上場の㈱アイネット創業者会長の池田さんが先月逝去されました。衷心より哀悼申し上げます。生前の池田さんとは様々な思い出があります。池田さんと私は埼玉大、早稲田と大学は違うもの同じ1940年の同年生。共に31歳と37歳でIT会社を立上げ、同業サイクルの”センチュリー21“仲間として交流、シカゴやニュヨークをツアーした忘れ難い思い出があります。彼と私の桁違いの相違は私が創業30年・売上20億に対し、何と彼は売上300億で東証一部に上場。経営者としてそんな格段の違いに関わらず、会えば丁丁発止!侃侃諤諤の仲でした( ´艸`)
 忘れ難いのは私が大腸癌罹病と会社の承継を模索した時、彼から“重田さん!一緒にやろうよ!私の金脈と貴方の人脈で沖縄にコールセンター創設を!”とM&Aを提案された時、私は“いいですね!喜んで検討しましょう”と答えました。何故この同意、試案が実現しなかったか!
 実はこの事情、彼の逝去に接し始めて告白するのですが、私の社長を継承した我社生抜きの後継社長が“重田さん!あすことの連携合併は絶対止めて下さい”と言われ、私は呆然としたものの後継者の意向重視と池田さんの提案を断念しました。このわが社の後継社長の意向原因は、実は池田さんの後継社長と反りが合わないとのことでした。ところが何とこの池田さんの後継社長は間もなく退任、私の後継社長も64歳で逝去されます。池田さんの訃報に接し、アイネット・NAS”沖縄コールセンター“を思い浮かべ、事業承継と後継について濛々たる思いです。
       
  (センチュリー21メンバーとニューヨーク・ツアー)
       
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