「ノルウェーの森」の苦い思い出

2024-07-25 00:00:06 | マーケティング
朝日新聞の連載小説『C線上のアリア(湊かなえ著)』は、ほぼ並行して進行しているNHK大河『光る君へ』と同じようにW不倫方向に進んでいる(まだ確定していないが)。NHKの方は歴史的事実から大きく逸脱できないが、小説の方は自由自在だ。いまさらSFとか妖怪方面に行くことはないと思うが、主人公の女性(おおむね50代の中頃)は学生時代の元カレと現在の夫の間で心が揺れ動く(というか、どちらも愛せないような感じだが)。

その中で、大きな意味を持っているのが村上春樹著『ノルウェーの森』。空前のベストセラーだった。上下二巻本の小説で、上巻が赤、下巻が緑というイタリア料理みたいな装丁だった。主人公の元カレは、なんと下巻だけを手に入れて読み、上巻部分は読まなくてもいいというタイプの人間で、現夫は上巻の途中でつまらないから止めてしまったということ。


実は、『ノルウェーの森』が刊行され、爆発的に売れ始めたその時、書店を出店しようとしていた。勤務していた石油会社がガソリンスタンドの多角営業を模索していて、大型スタンド開設時に書店を作ることになり、ほぼ一人で格闘していた。その前の仕事は、今はなき「エーエム・ピーエム」の出店だったがそちらはチームでやっていたのだが、書店は商圏範囲も狭いし、厄介な話ばかりで結局、適切な相棒が見つからない。

で、一番困ったのが、内装の棚の工事や店長候補者の研修まで行っていた頃に、予定していた大手取次店が取引中止を言ってきたわけだ。秘かに進行していたのだが近くの同系列の書店が聞きつけて、抗議したということ。これには困った。なにしろ当時は出版社と書店との間には取次社が入り、大手2社(TとN)が市場の9割を占有し、大手10社の残りの8社で1割を分け合うという市場末期状態だった。

といっても、今さら内装を変えるわけにもいかないし、オープンキャンペーンの日時も決まっていて、結局、ツテを頼って、残りの8社のうち1社に頼むことにしたのだが、これが、力がない。本や雑誌は、取次が勝手に送ってくるものと、店舗から注文する場合があるのだが、ほとんどは取次の押し付け。数か月後には売れ残りは返品できるが、売れない本は万引されるリスクしかないといっていい。

それでオープンキャンペーンは、1000万円をかけて豪華景品や鉄道の中に中釣り広告出したり、店の前の大通りを走る車のラジオを電波ジャックしたり、・・・

そして年末のオープン日に近付くにつれて、日本国の象徴の方の容態が悪化していき、「もしも」の時にキャンペーン張ると街宣車が来ることを想定し、・・・


話を戻すと、当時は、今よりもずっと小説が売れない時期だった。売れる作家は村上春樹、村上龍、吉本ばななの三氏だけだった。そういう本は新規開設店には送られないのだ。そして問題の「ノルウェーの森」。下巻が1冊だけ送られてきた。下巻だけ買う人はいないだろうと想定し、近くの書店に定価を払って買いにいき、並べて売ることになった(厳密に言うと古本なのかもしれないが)。さらに、書店の発注ではなく、従業員に名前を借りて、客注という形で発注してみたが成果ゼロ。

書店というのは当時よりもさらに激減しているが、書店に限らず、激減が始まる時には、その激減を加速するような事象(火に油というような)が起きていることが多い。