屋根にのぼれば、吠えたくなって(永倉万治著)

2020-09-01 00:00:16 | 書評
既に他界した作家のことを書くのは、ある意味気は楽だが、永倉万治の場合は格別に気が重い。1948年生まれで、東京キッドブラザーズの団員を経て、フリーランスの文筆業をはじめたのが1984年36歳の時。その後、ライト感覚の小説と気の利いたエッセイを主戦場としてコラムを書いたりして、固定的な読者を得ていた。

当時、「永倉万治っていいね」という話を友人たちとしていたことを思い出す。

1980年台というと、エッセイの時代だった。戦後、様々な小説家が登場したが、ちょうど大江健三郎で一段落という状況だった。そしてエッセイが読まれ始める。伊丹十三とか椎名誠とか。その後、村上龍、春樹、吉本ばなな、山田詠美といった俊英が登場し、小説は復活したのだが、エッセイ全盛時代の騎士の一人が永倉万治だった(小説も書いているが)。


本作『屋根にのぼれば、吠えたくなって』は1988年に単行本が出版され、その後、1992年に文庫化した。実はこの3年の間に著者は運命的な重大な岐路を迎える。

1989年に、四ツ谷駅で脳出血で倒れる。九死に一生を得るが、右半身がマヒしてしまう。その後、懸命なリハビリにより、執筆を再開できるようになる。文庫化したのはその頃で、実は買ったもののページを開かなかった。エッセイを読むのに疲れたこともあるし、エッセイストだった椎名誠が『銀座のカラス』以降、小説を書き始めたこともある。やはりエッセイは読むものではなく書くものだ、と気づいた?

そして、10年後、2000年に再び脳出血が再発し、不帰の人となった。52歳。それからまもなく20年。ついにページを開くと、控えめながら軽快な万治節を楽しむことができる。時代なのか本人にまだ自信がなかったのか、政治的な話題を避けたり、独善的な論理を読者に無理強いする強引さは避けたりしているが、善人は長く生きられないということなのだろうか。