炎のなかの休暇(吉村昭著 自伝的小説)

2020-09-28 00:00:10 | 書評
戦中、戦後直後の著者自身の動乱の時代を題材とした自伝的小説。

その時代を生き抜いた人(生き抜けなかった人も)の人生は思うようにいかなかった人がほとんどなのだろう。そして戦後、うまく新時代に生きた人、対応できなかった人。つまり明治維新によって失業したサムライのようなことなのだろう。


8編の短編からなる本書は終戦から三十余年で発表されている。体験が熟成された頃なのだろう。主人公は、「私」であるのだが、私小説とはかなり異なって、「私」の行動や、感情を客観的に書いている。他のドキュメンタリー的作品群と同じ書きかたである。

いくつかの作品は、戦後だいぶ経ってから、かかってきた一本の電話から始まったり、故郷に行って様々な思い出が蘇ったことから始まったりする。

近所の心中した一家のこと、学校の同級生のこと、父親が愛人宅で空襲にあって行方不明になり、死体の転がる中、捜し出したこと、ロシア革命で日本に亡命した白系ロシア人一家が収容所に送られたこと、そして、徴兵検査で乙種合格となり、応召を待つ間に終戦となったこと。結核で肺と肋骨の大部分を失ったこと、そして戦後、兄の経営していた工場で住み込みで働いていた男が亡くなり、引き取り手が現れない中、著者が骨壺を抱えて遺族に届ける話。

著者が書く記録のような小説、淡々と感情を押し殺して筋書が進んでいくことが多いのだが、ずいぶんと波乱万丈な経験をしたことで、文体が完成したのだろうと思ってしまう。

彼の著書は、内容が重いので、気力を集中させて読まないといけない。とうていあれだけの作品を書かれているので全読破などできるはずはないが、読了29冊目だと思う。