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「The Hankyoreh」 2022-10-10 20:40
■強制動員犠牲者の遺骨を収拾した日本の僧侶「展示館を再建しよう」
日本市民・在日韓国人「笹の墓標展示館」再建運動
【写真】10日午前、東京都中央区の築地本願寺で日本の市民と在日韓国人、宗教界で構成された「笹の墓標展示館再生東京実行委員会」主催の展示が開かれている=東京/キム・ソヨン特派員//ハンギョレ新聞社
10日午前、東京都中央区の築地本願寺。日本の市民と在日韓国人、宗教界で構成された「笹の墓標展示館再生東京実行委員会」が主催する展示会が開かれている。日本の辺境である北海道の中でも奥地とされる朱鞠内(しゅまりない)ダム付近にある笹の墓標展示館で保管していた同地域の鉄道・ダムの建設過程で死亡した朝鮮人犠牲者の位牌、木製の遺骨箱、埋葬地から見つかった各種副葬品が陳列されていた。
東京実行委員会の矢野秀喜事務局長は「展示館が令和2年1月の大雪で倒壊した。近くにあった交流施設も昨年12月の火災で灰になった」とし、今回の行事開催の理由を説明した。この地域の「強制動員の歴史を秘めた展示館を再建するため」日本の市民が展示と募金に乗り出したのだ。この展示は、札幌・新潟・名古屋・富山・大阪など日本各地の市民が実行委を作り開催している。5日から始まった東京展示は13日まで開かれる。京都では17~25日に開かれる予定だ。
「笹の墓標展示館」は、北海道強制動員被害者の遺骨発掘と奉還の象徴ともいえる。この運動の中心には、北海道にある一乗寺の住職、殿平善彦氏(76)がいる。展示館は当初、光顕寺というお寺にあった。殿平住職は1976年、ここで偶然「ファン・ビョンマン」という朝鮮人の位牌を目にした。1930年代末から1940年初めまで朱鞠内では鉄道と水力発電ダムを作る土木工事が大々的に進められた。朝鮮などから連れてこられた労働者たちが劣悪な環境で苛酷な労働に苦しんだ。寒さと栄養不足で少なくない人々が死亡した。光顕寺は葬儀を行う前に遺体を安置していた場所で、労働者の無念な魂を慰労していた唯一の場所だった。
【写真】殿平善彦僧侶=東京/キム・ソヨン記者//ハンギョレ新聞社
殿平僧侶は、なぜ朝鮮人が故郷に帰れずにここに放置されているのかを調査し始めた。また、北海道北部一帯に放置されている朝鮮人の遺骨の発掘にも乗り出した。1997年、韓国の漢陽大学文化人類学科のチョン・ビョンホ名誉教授が合流した。この時から韓日、在日韓国人などの青年たちが集まって遺骨を発掘し討論を進行する「東アジアの平和のための共同ワークショップ」が始まった。この行事は、新型コロナウイルス感染症の困難の中でも毎年開かれている。2015年には朝鮮人遺骨115位を「北海道→東京→京都→広島→下関」を経て韓国に返還する「70年ぶりの帰郷」という名の遺骨返還も行った。韓日政府の徹底した無関心の中で、両国の宗教・市民社会が成し遂げた奇跡のようなことだった。40年以上続いている朝鮮人遺骨発掘・奉還運動の歴史が今回の展示に鮮やかに記録されている。
殿平僧侶はこの日、ハンギョレと会い「笹の墓標では毎年韓日、在日韓国人の若者たちが集まって遺骨を発掘し友情を育んできた。とても大切な出会いだ。ここを再建すれば、長年築いてきた関係を断ち切らず、さらに育てることができそうだ」と話した。僧侶は「2千円、1千円など少しずつ募金に参加した人が3千人を超える。笹の墓標の重要性を知ってくれて感謝したい」と喜んだ。
1997年からワークショップに持続的に参加してきた在日韓国人のキム・ジョンヒ氏は、「笹の墓標は、私にルーツを見いださせてくれた学びの場だ。韓日関係は難しいが、友達として会えば偏見や垣根を越えて人として理解し合うようになる。こうした貴重な空間は必ず再建されなければならない」と述べた。再建のためには6千万円(約5億8千万ウォン)が必要だ。現在までに約4500万円が集まっている。
東京/キム・ソヨン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/international/japan/1062044.html
韓国語原文入力:2022-10-10 17:35
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