湘南オンラインフレネ日誌

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連休中、ホーム利用が出来ない矛盾/大人社会の規範とは

2009-09-22 05:43:21 | 引きこもり
連休中、Big Issue の販売をと湘南販売員のTさんと確認を取ったのが土曜日(19日)なので、せっかち過ぎるとは思うのだが、出向く先に彼の姿が見えなくなると、体調が悪そうだったので、気になる。この辺が路上生活という不安定な生活をしている方との付き合いの宿命である。

昨日は、静岡大の集まりの中日、彼岸連休の関係もあって、父をホームに預けることが、恒例の月曜デイサービス以外は宿泊不可能という状態だった。ということは、父の送迎時、階段介助に家にいなければならなかった。19日(土)に父は、排便に失敗し、2畳分近い床に便を尻で塗りたくってしまった。汚れた手でしがみつき、近くの家具と板戸も無残に汚して、救助に入った私の衣類も汚れてしまった。清拭中、手袋や厚手紙パンツ、平オムツ(使い捨て作業シート)がなくなり、夜間、閉店間際の薬局に買いに走った。その合間に、父は再び排便を試み、紙パンツを脱ぎすて、便を漏らしながら伝え歩きを始めたという地獄絵があった。母の要請もあって、デイサービスの前後、父在宅時は家にいて欲しいという要請については、21日は家にいると約束した。しかし、母の要請はそれに留まらなかった。彼岸の墓参である。これを受け入れたら、静岡に行くことは不可能になってしまう。そこで強行軍ではあるが、21日のデイサービス中に、父母方双方二手に別れ、私が母より先に帰宅することで、解決することになった。

我が家の墓は、相模線を使う。その先乗継があって、バス路が混む。いつもタクシーをやむなく使うが、今回は路線バスが遅れて到着したために、乗ることが出来たのだが、これが仇になった。普段なら20分強の路線が1時間経っても到着できないばかりか、車内が高齢者乳幼児だらけの満員という状態で、ここでも排便途中下車騒ぎが演じられていた。

墓地到着時、管理事務所裏のトイレは長蛇の列ができていた。まさに仏滅という順待ちの人の立ち話を横にききながら、私は線香の煙にむせながら、墓への急坂を急いだ。10分間しか間がないのだった。墓の清掃もひとり。母方は遠方高齢者が多い。年に1度春先にと決めてある。父方は父が無茶をしているのに、我が家と絶交状態なので、そちらは母が苦労しているのだった。先日の大人社会の生活規範ではないが、結局生活規範とは、自分の家族防衛のサバイバルツールとしてしか、実質は機能していない。生活破綻している倒産・失業者や、路上生活者などは、「穢れ」として距離を置かれたり、切り捨てられている。その距離感を統御する論理となっている。共感を育む社会関係という建前に、地域協力を委ねられないのは、大人社会が様々な問題を抱え、歪んでおり、またこうした混在こそが大人社会なのであって、一律の社会規範などは成立し得ないし、それが成立するとしたら、それはファシズムのような社会強制の歪んだ姿なのだ。だから子どもへの社会的影響力という発送自体が、ある特定の社会階層の裏返った階層表明でしかないと思っている。そこに子どもが引き出されている。

墓地には裏手を抜けて地元のタクシーが動いている。路線バスに見切りを付けて、墓参の方が降りたところを捕まえて、遠方のタクシーを無理やり談判して説得。乗り込んだ。私の塾専任講師時代、連携教室がこの近くにあったこともあって、裏道は知っている。私道も含んであれこれ指示し、なんとかJR駅にたどり着いた。乗継ぎ茅ヶ崎駅に戻ったのは、父の帰宅時刻15分前。再びタクシーに乗って、父の受け入れはぎりぎり間にあったのだった。

父はホームで排便を済ませていた。ほっとした。父をベッドに寝かせ、山の洗濯物をしまつして、階段下にバリケードを作って、帰宅40分後、茅ヶ崎サポセンにTさんとの調整にとびだしたのだった。

Tさんとの合流は虚しく空転したが、急ぎ駅ビルで夜の食事の買物を済ませ、母が戻って来たばかりの我が家に到着。父の転倒騒ぎに飛び込んでいた。

今日は、午後から母の知り合いの応援が入る、今、まもなく始発のバスで静岡に向かう。今夜帰宅は23時前となるだろう。


夜間傾聴:中止(******君の件、携帯電話にて)


(校正1回目済み)

コメント
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