少し早めの昼食をとり、約束の場所へ時間までについた。全員が揃うまで雑談、それはスケートにプロ野球、はたまた政治家の資質について思いつき放題、と言っても日ごろ思っていることだけに面白い。政治家なら撤回謝罪、そこまでいかかなくても週刊誌には載るだろうと笑いながら思う。そこに、メンバー最後の一人が大きな袋を持って「遅くなって」と言いつつ現れた。
大きな袋から「焼きたてのいも」とほかほか状態のそれを取りだし半分に割り皆さんへ配る。私に回って来たのは色合いも香りも申し分ないが、少し柔らかいというか、ねっとりした黄金色だった。昼食からそれほど経っておらず一口だけ口にして残した。しばらく、サツマイモの話しに花が咲く。
スーパーではこの時期になっても焼いもを売っている。買い求める人へのサービスなのか、販促のためか、今はやりの仕事改革かはしれないが「焼き上がり」の時間が表示されている。子どものころには風呂を沸かした後や焚火後の残り火で焼いていた。祖父は焚火の跡で焼くときは「少し遊んで来い」と暇を出していた。どのくらいで食べごろの時間になるか、時計は持たないが勘で分かっていた。
終戦後の食事にはよく芋は使われた。代用食とまではいかないが、茶粥に入っている芋は美味かった。サツマイモの苗植えと芋ほりは子どもながら手伝った。収穫した芋はかっての防空壕のすくもの中で保存していた。そんなことを思っていると「これを食べると、げっぷ、が出る」といいつつ一人がげっぷ。いも談義は続く。