佐々木 小次郎は、安土桃山時代から江戸時代初期の剣客で号は巌流。宮本武蔵との巌流島の決闘で知られる。この決闘から今年は400年、決闘の地では多彩な催しがあるとか。この決闘は細川藩の公式記録に残されているということで、吉川英治の小説の中での創作ではない。が、この小次郎の実際の実像はよくわからない人物、という資料が多い。
吉川英治の小説「宮本武蔵」では「佐々木小次郎は 周防岩国の産まれ。錦川の畔で、柳を斬り、燕を斬り、ツバメ返しをあみ出した努力家」となっている。その姿を偲ばせる銅像が、錦帯橋畔は吉川公園の菖蒲池そばに建立されている。背景に岩国城が望まれ、観光の記念写真としては絶好の場所にある。
その銅像の剣の握り方がときおり話題になる。あの握りでは人は愚かツバメなど切れる訳がない、という。素人目で見ると確かに右手の握りに疑問を持たないでもないが、そこは剣豪「ツバメ返し」を編み出した秘策に通じるところがあるのかもしれな。武蔵との決戦の地「巌流島」にある小次郎像は、吉香公園のレプリカである。
高橋桂三の「事実は小説よりも奇なり」で始まったNHKの「私の秘密」というクイズ番組があった。吉川英治著では小次郎の生まれは岩国。巌流島の決闘は1612年、錦帯橋はそれから60年後に完成した。だから小次郎は錦帯橋を見ていない。歴史と小説の面白さはこんなとろろを超越したところにある。