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大江健三郎『河馬に噛まれる』

2020年03月09日 22時39分23秒 | 文学
大江健三郎の『河馬に噛まれる』(1985年)を読んだ。(講談社『大江健三郎全小説11』所収)

「河馬に嚙まれる」
新聞記事から過去に親交のあったマダム「河馬の勇士」の思い出を語り、その息子の「河馬の勇士」との文通、その後、その「河馬の勇士」が河馬に噛まれたのだろう、という話。
浅間山荘事件のときに糞便の処理をしていた青年が、ウガンダで河馬の生態の研究をする。そのきっかけを与えたのが語り手だったのではないかという話。

「「河馬の勇士」と愛らしいラベオ」
姉が連合赤軍事件で死んだという石垣ほそみという女性が登場する。姉は「しおり」でもし妹が産まれていたら「さび」と名付けられたら……、というような話をするが、僕には(この私です)「しおり」「ほそみ」「さび」が何のことか分からない。
松尾芭蕉の何からしい。
しかし石垣ほそみというのは偽名で、クイズ番組に本名で出場して賞金を獲得し「河馬の勇士」に会いに行く。
石垣ほそみの本名について、《その姓は、ある哲学の専門家と結ぶもので、名前もしおり、ほそみ、さびという三幅対と対比できるような、三つ一組の美学用語のひとつなのであった。》(33頁)とあるが、何これ、クイズ?
この全集の、いつも詳しい尾崎真理子の解説にもこれについては触れられていない。
この連作短篇の意図がまだ僕には(この私です)分からない。
難しいということはなく、読んでいてそれなりにおもしろいのだけれど、「なんだろう?」と思いながら読んでいる。

「「浅間山荘」のトリックスター」
H.Tさん(林達夫)の追悼文のようなものから始まり、よく理解できない文章が続く。
浅間山荘事件のときに、スナック経営者が頭を撃たれて死んだというようなことがたぶん実際にあり(そのようなシーンを『突入せよ! あさま山荘事件』で見た気がする)、それをもとに語り手が映画のシナリオを書こうとする。
《僕の小説の構想には、端的にああした人物が欠けていたのです。「浅間山荘」の事件全体を理解するためには、あの仲裁役、調停役を志願して撃たれたスナック経営者のような人物が必要だった。あの無意味な死をとげた不幸な人物を媒介にすれば、自分の小説も、もひとつ高いレヴェルに押しあげて捉えることができたのじゃないか、と思ったものです。革命運動というレヴェルを超えて、思想的な文脈のなかに……》(50頁)
ここで言われる「僕の小説」というのは、『洪水はわが魂に及び』のことだろう。
シナリオのための筋書が、とてもおもしろい。最後がスナック経営者の幻想のように終わる。
J.N(ジョン・ネイスン)も登場する。この人の三島由紀夫の評伝が読みたいと思っている。今年三島由紀夫の本をいろいろ出すのなら、これも出すべきではないかと思う。

「河馬の昇天」
石垣ほそみと「河馬の勇士」が喧嘩をして、そのどちらからも語り手は手紙をもらう。
エリオットの詩に「河馬」というのがあるのらしい。
翻訳詩が出てくると読む気を失ってしまう。

「四万年前のタチアオイ」
女優のY.Sさん(吉永小百合)と中国に少人数の訪問団として行ったときの話から、タカチャンの話。
吉永小百合の「寒い朝」という歌は、以前村上龍の小説にも登場したと思うが、なぜなんだろう。作家の琴線に触れるのだろうか。
吉永小百合の好きな花がタチアオイで、それを聞いた病床のタカチャンが「四万年」と言ったという話からタイトルが付けられている。

「死に先だつ苦痛について」
長い短篇。そしておもしろい。
体育クラブ(スポーツクラブ)で、倉本君という人に話しかけられ、タケチャンの話が語られる。
コンラッドの『ロード・ジム』のスタイルで、作中人物にひとり語らせるスタイルを採用する。《自分の仕方としてはなじみのなかった》(98頁)と書かれる。
とても惹き込まれる話だった。
仲間の殺害シーンが凄惨。

「サンタクルスの「広島週間」」
サンタクルスで原爆について書いた女流作家について語る。
光子・ウェイクマンという看護婦は、過去の作品に出てくるのだろうか。

「生の連鎖に働く河馬」
連作短篇集なので、長篇としてもひとつながりのものとして読めるようにか、しめくくりのような短篇だった。
「河馬の勇士」と石垣ほそみとその子供が日本に帰ってくる。そして軽井沢で語り手と会う。
娘はダウン症候群で母親の石垣ほそみはそれを気に病んでいるように見える。自分の、障害を持った息子を見る様子を見て語り手は、
《障害を持ったまま成人した人間を眼の前にすることが、ほそみさんを無力感のうちに押し込めるようであるのだろう。》(189頁)
と思う。
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