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沢木耕太郎『無名』

2017年05月02日 23時44分36秒 | 文学
沢木耕太郎『無名』(幻冬舎文庫)を読んだ。
沢木耕太郎の父親は、沢木耕太郎にとってとても尊敬すべき人間だったようで、彼が自分のよく知っていること以外を書かないのは何でも知っている父親(たち)に読まれても恥ずかしくないため、というようなことを書いていた。それはとても大切な感覚だなと思った。そのような存在がいる(いた)ということは幸せだなと思った。
「無名」というタイトルは沢木の父親が無名であるということから来ている。では、誰ほど有名でないのかというと、名前は明記されていないが淀川長治であろう。沢木の父親の死の翌日にその「高名な映画評論家」が死んだとあるので、沢木の父親の死んだのは1998年(平成10年)11月10日のようだ。
父親が死んだところで終わるのかと思ったらそのあとしばらく続く。この感じはこの前読んだ『凍』と似ている。

父親の遺した俳句を本にしてあげるというのが果たして父親のためになっているのかどうかはよくわからないのだが、沢木自身にとってはよく父親のことを理解するための大切なプロセスだったのだなということはよくわかる。
そのようにきちんと父親の死に向き合えることが出来て少し羨ましい。
私などはもし父が死んでも、そんなことは出来ないなと思う。それは私の父親が俳句を詠んでいないということもあるが(俳句に限らずどのような知的活動も行っていない)、そこまで父親に興味が持てないということもある。
もうこればっかりはどうしようもない。
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