藤堂高虎家訓200箇条(8)

2006-04-30 07:27:52 | 藤堂高虎家訓200箇条

この71条から80条あたりは、旅の心得シリーズが続く。高虎は家康の策士、知恵袋であったという説(通説ではない)もあるのだが、これらの細かな話は、その説を納得させるものだ。

ところが、なぜか第79条に妙な家訓が混じっている。この79条から高虎の性格をどう考えればいいか、また悩ましい。


第71条 族にて一里二里遠く共川を越へし冬杯川を前に不可置朝川を越せは下々一日かじける物也朝も一里二里夜をこめて可立泊りへ早く可着との事也下々くつろぐ物なり

旅行中、一里(約4キロ)・二里遠くても、川を越えること。冬など川を前に置いてはいけない。朝、川を越えれば、下々の者は一日中、凍えるものである。朝も一里二里は日の出前に立つべきで、宿泊地に早く付けば、下々の者もくつろげるからである。

現代のサマータイム論でも、朝早くから働いて夕方は個人のフリータイムにすべきだ、という意見と、サービス業では早朝から夜まで働かなければならないという反論と分かれるところである。高虎は、夕方のフリータイム論者のようだ。日の出前から日没後まで行軍を続けて、宿泊費を浮かそうという魂胆ではないようだ。


第72条 泊りを立時一人跡に残し座敷其外を見廻り可出かならす道具わするる事あり

宿泊地を立つ時には、一人を後に残して、座敷やその他を見回ってから出ること。必ず道具を忘れていることがある。

なんと、実践的な教訓なのだろうと感心してしまう。高虎は武将として大勢の将兵を引きつれて大行軍する場合もあれば、少人数で城造りのアドバイザーで出張することもあり、また単独行動もあったようだ。ツアーコンダクターだ。


第73条 急旅の時ハ自身もみだき銭を小さいふに弐三百も入腰に可有下々不附時喰物又ハ馬次に可入馬を替時馬牽来る馬士の前にて最前の馬士に早く精出し侯とて乱き銭を能程酒手に致し候へとて遣すへし替りたる馬土精を出す物なりかやうの儀手立に成へし

急な旅の時は、自分でも小銭を財布に2、300文入れ、腰に下げるべきだ。下々のお付きがいなくても食べ物や馬を替えるときいるからである。馬引きがきたら、前の馬子に早く精を出してくれたからと小銭を与え酒代にしなさいと言って渡しなさい。替わった馬子は精を出すものだ。このようなことは手管である。

これまた、なんと気が利いた話なのかと思ってしまう。小銭を持って、お忍びで出歩くということだ。城下町の町衆も気が気じゃない。赤坂のラーメン屋にボサボサ白髪頭のねずみ男が現れたと思ったら、首相だったようなものだ。(彼はポケットに賽銭用の小銭をいれているらしい。)
前の馬子にチップをはずむと、それを見ていた後の馬子が張り切るというのは「見せ金の手口」の一種である。


第74条 夜中にありく時挑灯我より先へ持すへからす先キ見へぬなり我と同しことく並ひ持すへし先キよく見ゆるものなり

夜中に歩くとき提灯を自分より先に持たすべからず。先が見えない。自分と同じように並び持たせなさい。よく見えるものだ。

もっとよく見るためには、自分で提灯を持つことだが、そうすると闇討ちされやすいのだろう。


第75条 不用心成所と聞時ハ夜寝時宵に寝たる所をかへ刀脇指の下緒と下緒を結合せ枕の下にゆひ目を置大小両脇にわけて置急成時大か小か取上れハニ腰共に取道理也尤丸寝之事

不用心な所と聞いた時は夜寝るときは、宵に寝た所とは場所を変え、刀と脇差の下緒(さげお)と下緒を結び合わせ、枕の下に結び目を置き、大小を両脇に分けておき、急な時には、大か小をとりあげれば二つとも取れる道理だ。もっとも、着たまま寝ること。

藤堂高虎のような巨体(6尺二寸:186センチ)の寝込みを襲おうという猛者がいたかどうかは知れないが、準備のいい話だ。「丸寝のこと」とは丸くなって寝ることではなく、着たまま寝ることだそうだ。


第76条 不用心なる道中を通る時錐を拵可持色々徳多しきりの拵やう心持有なり

不用心な道中を通る時、錐(きり)をこしらえ、持つべし。色々徳が多い。錐のこしらえ方に心持がある。

この条はよくわからない。錐(きり)の意味が違うのだろうか???


第77条 追駈者の時走りなから刀ぬけざる物なり口伝三尺迄ハ不立留はしりなからぬくむさと人に不可伝

人を追いかける時、走りながら刀を抜けないものである。口伝だが、三尺(90センチ)までなら走りながら刀を抜くことができるという。他人に教えてはいけない。

他人に教えてはいけない、そうだ。大小だけでなく三尺刀という3本目が必要なのだろうか。重すぎる。

 

第78条 刀の下緒長きを可附假初にも短を不可附

刀の下緒(さげお)は長いのを付けるべきだ。かりそめにも短いのはいけない。

刀の下緒というのは鞘がはずれて回収できなくならないように鞘と袴を結んでおく紐のことだが、短すぎると格闘するときに鞘がじゃまになるわけだ。サーフボードが流れていかないように足に結んでおくリーシュコードのような話だ。あれも短すぎると奴隷船みたいになる。


第79条 仕者の時前に言葉不可懸刀打付る時一度に詞可掛

人を仕留めるときには、前に言葉をかけてはいけない。刀を打ち付けるときに一度にことばをかけるべし。

おそろしい教訓が登場。
正々堂々と、斬る前に名前を名乗ったり、相手に「妻子に言い残すことは、ありや」とか、もたもたしていてはいけない、ということだ。相手の首に刀が食込む寸前に「言い残しはないね」と早口で言えばいい、ということだ。スーパーマンも007も犯罪者グループがもたもたしている間に、形勢が逆転する。サッカーや将棋でも同じだ。


第80条 旅道具かりそめの物にても可成程手軽くちいさき様に可致泊にて道具取ちらし不可置一所にかた付可置

旅道具はかりそめの物でもなるべく手軽に小さくするようにするべきだ。道具をとりちらかしてはいけない。一ヶ所に置き、片付けておくべきだ。

旅行マニュアルのシリーズ物。帰りの飛行機に間に合うように、スーツケースの荷造りは前夜のうちに。


さらに続く。