大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年03月19日 | 創作

<564> 一本の枝垂れ柳

       ああ父の美徳を思へ ああ母の慈愛を思へ 齢を積みぬ

 あなたが伐り倒されて何年になるだろう。あなたがここに元気で立っていたころ、この辺りには畑が広がっていた。今は住宅地になり、舗装された道が縦横に走り、家が立ち並んでいる。家が立つ前は、小川が流れ、小川に沿って地道が続き、小川の短い石橋を渡って行くとバスの通る広い道に出た。そのバスに乗って私たちは町に出かけた。小川には石菖が生え、清らかな水がさらさらと流れていた。春になると岸の草むらには蒲公英や菫や紫鷺苔の花が咲き、夏にはホタルが見られた。

 あなたは橋の袂の道端に肩を広げて元気に立っていた。私の家には祖父がいて、祖母がいて、父母がいて、兄がいて、姉がいて、妹がいて、全部で八人家族だった。みんな元気で、私は友達と一緒に学校に通っていた。いつもあなたの傍を通ってバス停を往復した。葉を落し、冬の寒さに耐えていたあなたが芽を出す春が来て、黄色い花をいっぱいに咲かせると、桜やほかの花たちが競うように咲き出すのが常であった。花が終わると青々としなやかな葉を繁らせ、夏には濃い影を落とした。

                                                                        

 傍を父の自転車が走り行き、私は友達と一緒に学校に通った。あなたはそこに立っていつもみんなを見守っていた。あなたの傍にはいつのころか木製のベンチが置かれ、私たちの遊び場の一つになっていた。ところが、いつの日だったか、畑の一角にブルドーザーが入り、たちまちのうちに一帯を均し、畑は姿を消して行った。一変したその風景の中にぽつりぽつりと家が建ち、人が住み、舗装された道には車の出入りが多くなった。地道は舗装され、小川もコンクリートに被われ、暫くのち、あなたは伐り倒されてしまった。ベンチは取り払われ、今は切り株だけが残っている。

 私は高校を卒業し、大学に進んで家を離れた。母がバス停まで見送りに来てくれたが、あなたは橋の袂に立って私を見送ってくれた。芽立ちの一番美しい姿で。私にはあなたのその姿が母の慈愛に重なって見えた。そして、休みに帰省すると、まず一番に迎えてくれたのがあなただった。けれども、もうそこにあなたはいない。肩を広げて立っていたあなたの四季の姿はもうそこには見られない。そんな思いがしていたら、父が倒される前にせめて写真にでも残して置こうと、花の咲くのを待ってあなたの写真を撮った。

 あなたは実に誇らしく花をいっぱいに咲かせ、写真に納まっていた。あなたはあなたのことを一切口にすることなく、命を失うときも、何一つ口にせず、運命を受け入れた。その運命の執行者が利害に敏感な私たちの仲間であることを、あなたはよく知っていたはずであるが、何一つ口にすることなく、あなたはこの世から姿を消して行った。私はせめて父の撮った写真を見て、あなたの誇らしい生涯を胸に刻み込みたいと思った。そういうわけで、あなたは無念にも、いや、理不尽にも伐り倒されてしまったけれども、私の心の中では今もあの誇らしい姿で生き続けている。