<1693> 大和の花 (14) リンドウ (竜胆) リンドウ科 リンドウ属
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本州、四国、九州の山野に広く分布する草丈が80センチほどになる日本固有の多年草で、大和においても標高1700メートル以上の山岳から標高100メートル前後の平地部まで広範囲に自生の姿が見られる。平地部では棚田の畦などによく見られ、清少納言の『枕草子』(六十四段)に「こと(他の)花どものみな霜枯れたるに、いとはなやかなる色あひにて、さし出でたる、いとをかし」と言っているように平地部では晩秋初冬のころに花を見せる。だが、山岳の高所では九月中ごろになると花が見られ、夏の終わりのころには花芽が出来る。
花は茎の先端や上部の葉腋につき、先が5裂した鐘形で、その色は青紫色のものが多く、ときに紫紅色のもの、稀に白色の花も見られる。花は上を向いて咲き、晴天の昼間に開き、雨のときや夜間には閉じるが、晴天の昼間でも花を完全には開かないオヤマリンドウタイプの花が山岳高所では見受けられる。
リンドウは漢名竜胆の音読みによるもので、根が竜の肝のように苦いことによるという。その苦みは薬効に通じ、苦味健胃薬として食欲不振や消化不良などに用いられる代表的薬用植物である。『万葉集』に登場する「おもひぐさ」はナンバンギセルとする説が有力であるが、リンドウ説もあり、リンドウを万葉植物にあげる研究者もいる。枯れかかった草原に紛れ、思いを込めるように花を咲かせるからだろう。
また、リンドウは紋所にも採り入れられ、源氏の笹竜胆は知られるところで、源氏によって開かれた鎌倉市の市章は笹竜胆である。長野、熊本の県花もリンドウで、長野は日本アルプス、熊本は阿蘇の草原に咲く花が想起される。とにかく、リンドウは山野に広く自生している。古名にエヤミグサ(疫病草)の名が見られるが、これは苦味健胃薬に関連している。
写真左は棚田の畦に咲くリンドウ(平群町で)。右は山岳の岩場に咲くオヤマリンドウタイプの完開しないリンドウの花。茎は倒れても花は上向きに咲く(釈迦ヶ岳付近の大峯奥駈道で)。 これやこの暑さに耐へる日々の身につくつくぼうし鳴き始めたり
<1694> 大和の花 (15) ツルリンドウ (蔓竜胆) リンドウ科 ツルリンドウ属
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長さが1メートルほどになる蔓性の多年草で、細い蔓や葉の裏面は紫色を帯びるものが多い。葉は卵状披針形で、その葉腋に8月から10月ごろリンドウの花を小さくしたような淡紫色の花を咲かせる。花冠は先が5裂し、副片のあるのが特徴。4裂して副片のないものは別種で、ホソバノツルリンドウ(細葉蔓竜胆)と呼ばれる。
実はほぼ球形の液果で、枯れて残存する花冠から頭が突き出るようにつく。熟すと艶のある鮮やかな紅紫色に色づき、よく目につく。実の先に花柱が見られるのが特徴。花が次々に咲き出るので、花とこの実を同時に見ることも出来る。
北海道、本州、四国、九州に分布し、国外では朝鮮半島、中国、樺太、南千島に見られるという。大和(奈良県)では普通に見られ、山歩きをする人には珍しくない花である。この花が見られるようになると秋も近い。 夏雲が峰を競へる奈良盆地
<1695> 大和の花 (16) アサマリンドウ (朝熊竜胆) リンドウ科 リンドウ属
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リンドウの仲間の多年草で、高さは25センチほどになり、卵形乃至は長楕円形の葉が数個対生し、茎の先端と上部葉腋に青紫色の鐘形の花を数個つける。花期は9月から11月ごろで、リンドウと同じ時期である。アサマの名は三重県(伊勢市・鳥羽市)の標高555メートルの朝熊山(あさまやま)に因むもので、紀伊半島、四国、南九州を主に分布域とする日本の固有種、襲速紀要素系の植物にあげられている。
大和(奈良県)では南端部に限定分布し、その地に赴かなければ出会うことの出来ない花である。私は熊野古道の一つ、小辺路の果無峠越えにおいて出会った。峠の七合目辺りだったと記憶するが、リンドウの仲間にしてはあまり日当たりのよいところではなかった。写真は果無越えの小辺路で撮影したもの。右の写真は木漏れ日を受けて浮び上がる花。花の基部の萼片が平開するアサマリンドウの特徴がうかがえる。
なお、襲速紀とは、熊襲の「襲」、速吸の瀬戸(豊予海峡)の「速」、紀伊半島の「紀」によるもので、紀伊半島、四国、南九州を自生分布の主な範囲とする植物種群に当てた言葉である。これは1931年に日本の植物分類学の基礎を築いた小泉源一が提唱した説によってあり、襲速紀要素系に属する植物種群は瀬戸内海が出来る以前、即ち、日本列島のこの一帯が陸続きで連結していた時代、既に自生分布していたと考えるものである。この考えによると、襲速紀要素系の種群は先史時代の遠い昔からこの一帯に生育していたということになる。つまり、この植物種群は日本古来の植物として捉えることが出来るわけで、アサマリンドウもこの種群に分類されているわけである。 夏痩せは天下のものとぞさもあらむ
<1696> 大和の花 (17) フデリンドウ (筆竜胆) リンドウ科 リンドウ属
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リンドウと言えば、晩秋の山里のイメージがあるが、春に咲く仲間もある。ハルリンドウやコケリンドウなど。今回紹介するフデリンドウも同じく春咲きで、花期は4、5月ごろである。三種とも多年草のリンドウと性質を異にする2年草である。一本の茎の先に集まって花をつける姿に筆の穂を連想してこの名があるという。
山野の日当たりのよい草地に生え、リンドウと同じく平地部から標高の高い山岳までと分布域が広く、全国的に見られ、国外では朝鮮半島、中国、カラフトに分布する。大和では山焼きで知られる若草山(342メートル)のような低山から金剛山の標高900メートル辺りや大峰山脈の標高1500メートルの尾根筋まで標高差にかかわらず、自生しているのが見受けられる。
茎の高さは10センチ弱で、上部に広卵形の葉が対生して取り巻き、その茎の先端に青紫色の鐘形の花を数個上向きに咲かせ、長閑な明るい季節の雰囲気の中で咲き出す。2008年の奈良県版レッドデータブックには「里山のシバ草地に普通に見られた植物であったが、自生地の多くが里山の荒廃によって消滅し、自生地、個体数ともに減少が著しい」として絶滅危惧種にあげられている。
なお、三重県境の三重県側ではハルリンドウ(春竜胆)を見かるので、大和(奈良県)側にも自生するところがあるかも知れない。里山脇の棚田の縁に群落は見られる。 写真左は金剛山のカトラ谷上部のお花畑付近で見かけた花。写真中は若草山の草地で咲き出たもの。写真右は三重県境で見かけたハルリンドウの花。 ひとしきり鳴いてつくつくぼうしかな
<1697> 大和の花 (18) センブリ (千振 )とイヌセンブリ (犬千振) リンドウ科センブリ属
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センブリはドクダミ(蕺草)やゲンノショウコ(現の証拠)とともに民間薬の代表的な薬草として知られる2年草で、全国的に分布し、国外では朝鮮半島から中国に見られるという。生薬名は当薬(とうやく)と言い、全草を乾燥したものを粉末にし、これを直に飲んだり、煎じたりして服用する。非常に苦く、舌を刺激するので苦味健胃薬として食欲不振のときなどに効能があると言われる。千回振り出してもなお苦いということでこの名がつけられた。しかし、薬草として用いられ始めたのは明治時代以降で、それまではノミやシラミ避けにされていたという。
山野の日当たりのよい草地に生えるものが多く、茎は高さが25センチほどになり、線形の葉が対生する。花は直径3センチほどで、花冠は5深裂し、裂片は卵形で先が尖り、白色に紫色の条が入る。花期は9月から11月ごろで、花は山に秋風が吹くようになると見られる。
イヌセンブリはセンブリの仲間であるが、苦味がなく、薬用に供しないため、役に立たないとしてイヌ(犬)の名が冠せられた。茎はセンブリとほぼ変わらない高さになるが、極めて小さいものも見られる。棚田の畦などに生え、センブリと同じような花を咲かせる。また、ほかには紫色の花をつけるムラサキセンブリ(紫千振)があるが、和歌山県北部の生石高原では見られるものの大和では絶滅したか、近年その姿を見たという報告はない。
センブリは奥宇陀の曽爾高原などで見かけるが、年々少なくなっているのがうかがえる。イヌセンブリは本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島から中国に見られるが、センブリよりも少なく、奈良県のレッドリストには絶滅危惧種に、環境省では絶滅危惧Ⅱ類の植物にあげられている。 写真はセンブリ(左)とイヌセンブリ(右)。ともに宇陀地方での撮影。
如何なる生も 生には 悲喜苦楽 喜怒哀楽が絡む
どんなに生きても その生には 涙ぐましさが纏う
<1698> 大和の花 (19) アケボノソウ (曙草) リンドウ科 センブリ属
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全国的に分布し、朝鮮半島から中国にも見られる山地の道に面した荒地などに生えるセンブリの仲間の2年草で、草丈は90センチほどになる。大きな長楕円形の根生葉があるが、花時には枯れてなくなるものが多い。茎葉は対生し、卵形乃至は披針形で、縦の3脈がはっきり見える。花期は9月から10月ごろで、上部葉腋に花茎を伸ばし、その先端部分に花冠が5裂した白い花を咲かせる。
長楕円形の花冠裂片には黄緑色の大きな斑点が2つと濃い紫色の小さい斑点が先の方に多数見られ、これを夜明けの空に見立て、この名が生まれたと言われる。大きい黄緑色の斑点には蜜腺があり、これを目がけて虫たちがやって来る。センブリの仲間だが、薬用に供せられるという話は聞かない。 仲間によく似たシノノメソウ(東雲草)があるが、私はまだこの花に一度もお目にかかっていない。アケボノソウは全国的に分布し、大和では紀伊山地でよく見かける。
写真は花を咲かせ始めたアケボノソウと花のアップ。花の蜜腺にアリが来ていた(天川村の山中で)。 緑濃き晩夏の大和平野かな
<1699> 大和の花 (20) アサザ (荇菜) リンドウ科 アサザ属
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池や沼などに生える多年生の水草で、地下茎が水底の泥の中を這い、太く長い茎を水中に出す。その茎から長い葉柄を伸ばし其部が心形の卵形から円形の葉を水面に浮かべる。花期は6月から8月ごろで、水中の葉腋に花柄を立て、黄色い花を水面に開く。花冠は直径4センチほどで、5深裂し、縁は糸状に細かく裂ける。花は一日花で、午後には萎んで来るので、写真撮影には朝方がよい。
水面に映る姿は艶やかで、『万葉集』巻十三の3295番の相聞の長歌一首に登場を見る万葉の花である。その歌は、三宅の原に難渋しながらせっせと通う青年に、そんなにまでして通う娘子というのはどんな子なのかねと父母に訊かれ、これに青年が「黒髪に木綿(ゆう)で結んだアサザを垂れ下げ、ツゲ(黄楊)の櫛で押さえた可愛い子です」と答え返すというもの。この歌に登場する「阿耶左(あざさ)」は「ざ」と「さ」を逆にした現在のアサザであると古文献等に説明されている。
この万葉歌に登場する「三宅の原」の三宅は奈良県磯城郡の三宅町辺りとされることから、三宅町ではこの万葉歌に因み、アサザを町のシンボルに掲げ、町興しのイメージアップの一環として町内にアサザを広める事業に取り組んでいる。なお、三宅町ではアサザを3295番の万葉歌に合せ、アザサと呼んでいる。アザサのアザは浅い意で、アサザの名は水の浅いところに生える意の浅浅菜から来ているという。
三宅町辺りは大和平野のほぼ中央に当たり、当時にあっては池や沼地や湿地が多い土地柄だったと考えられ、アザサのアサザがそこここに見られたのではなかったか。アサザはユーラシア大陸に広く分布すると言われるが、現在の大和(奈良県)ではアサザの自生地が極めて少なく、県のレッドリストでは自生のピンチにあるとして絶滅寸前種に、環境省においても準絶滅危惧植物にあげられているほどである。
写真左は奈良市須川町の須川貯水池で見かけたアサザの花。自生か植栽起源か。平成27年(2009年)の撮影。点々と黄色い花が見えたが現在はどうか。写真右は三宅町の町並を飾るアサザの花。 病院の待合に待つ患者にもそこはかとなく添ひゐる晩夏
<1700> 大和の花 (21) ガガブタ リンドウ科 アサザ属
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アサザと同じように、池や沼に生える多年生の水草で、水底の泥の中にヒゲ根を下ろし、その根から水中に細長い茎を伸ばして、葉柄を水面に出し、その先に基部が心形の卵円形の葉を水面に広げる。花期はアサザより少し遅く、7月から9月ごろで、水中の葉腋から花柄を水面に上げ、その先に一花を開く。数個集まって花柄を立てる場合もある。花は直径1.5センチほどで、花冠は5深裂し、披針形の裂片は縁が糸状に細かく裂ける。純白の花は蕊(しべ)のある中心部が目印のように鮮やかな黄色で可愛らしい。ガガブタの語源は不明であるが、この花には不似合いな名であるように思われる。
自生の分布は本州、四国、九州とされ、世界にも広く見られるという。大和(奈良県)にも分布するが、アサザと同様、自生地が極めて少なく、絶滅寸前種にあげられ、環境省においても準絶滅危惧植物にリストアップされている植物である。大和郡山市の県立大和民俗公園では自生か植栽起源か、ガガブタが見られ、最近、園内の生育地が整備され、環境が整えられたからか、増えている観がある。絶滅寸前種であれば大切にしたいものである。 なお、ガガブタはアサザと同じく、リンドウ科から分離されたミツガシワ(三槲)のミツガシワ科に属するとして、図鑑によってはミツガシワ科としているものもあるが、ここではリンドウ科とした。
写真は浅い水場一面に咲くガガブタ(左)と花のアップ(右)。ともに大和郡山市の大和民俗公園で。
絶不調否衰ふる身の齢 自覚出来ずにゐる身の晩夏