<2027> 大和の花 (270) ヤブカンゾウ (薮萱草) ユリ科 ワスレグサ属
道端の草叢や土手、林縁などに生える多年草で、全国的に分布する。中国原産のホンカンゾウを母種とする有史前帰化植物と見られ、食用や薬用に栽培されていたものが野生化したと考えられている。根は細長く紡錘状の膨らみを持ち、太い花茎が1メートル前後の高さに直立する。葉は長さが50センチ前後の広線形で2列に根生し、基部で抱き合わせになる。
花期は7月から8月の暑い盛りで、花茎の先端部からY字形に分枝し、その枝先に1花ずつつけ、ときには数個に及ぶ。花は直径8センチほどの大きさで、雄しべが花弁化して八重咲きになる。真夏の草叢に咲くその橙赤色の花は勢いがあり、その花の色と形に赤鬼を連想したか、オニカンゾウ(鬼萱草)の別名でも知られる。雄しべの花弁化で雄しべは本来の役目が果たせず、結実しないので、地下の根茎の分化によって繁殖する。
花はこの属に共通の1日花で、朝開き夕方に萎むタイプに属する。古名はワスレグサ(忘れ草)で、『万葉集』には「萱草(わすれぐさ)吾が紐につく香具山のふりにし里を忘れむがため」(巻3-334・大伴旅人)と見える万葉植物である。このヤブカンゾウの忘れ草を身につけていると憂いを忘れることが出来るという中国古来の言い伝えにより、当時はヤブカンゾウを身につける風習があった。時代が下ると、ヤブカンゾウを身につけておくと子宝に恵まれるとも言われるようになった。これは根茎に膨らみが生じているからという。
334番の歌は、旅人の太宰府赴任時の歌で、故郷の飛鳥のことを忘れたいためにこのワスレグサのヤブカンゾウを身につけたというものである。これは旅人の故郷飛鳥に寄せる望郷の念の強いことをあえてこのように表現したのである。平安時代の『源氏物語』には耐え忍ぶ意のシノブグサ(忍ぶ草)に変化して出て来る。これは1日花の意に沿うものであろうか。反対には忘れたくないという意を込めたオモヒグサ(思ひ草)のシオン(紫苑)の登場が見られる。
なお、ヤブカンゾウは食用や薬用としても重宝され、その若葉は山菜としても人気がある。故に、その美味に憂いを忘れることが出来るという次第で、1名忘憂(ぼうゆう)、即ち、ワスレグサ(忘れ草)の名があるわけである。薬用としては、漢名で萱草(かんぞう)、生薬名で金針菜(きんしんさい)と見え、蕾は解熱に、根茎は利尿や腫れものに用いられ、効能があるとされて来た。 写真はヤブカンゾウ(いずれも奈良市東部の大和高原) 惑へるは心の仕儀にほかならぬ 薮萱草の燃え色の花
<2028> 大和の花 (271) ノカンゾウ (野萱草) ユリ科 ワスレグサ属
田の畦など少し湿り気のある草地に生える多年草で、ヤブカンゾウ(薮萱草)と同じワスレグサ属の中では朝方花を開き、夕方に萎む1日花である。また、ヤブカンゾウが八重咲きであるのに対し、ノカンゾウ(野萱草)は一重の花を咲かせる違いがある。ヤブカンゾウより一回り小さく、葉もヤブカンゾウより細い線形で、女性的な感じがある。
花期はヤブカンゾウとほぼ同じ7月から8月ごろで、花茎の先端部に直径7センチほどの6花被片の花をつける。花は橙赤色が普通であるが、赤みの強いものがあり、これについてはベニカンゾウ(紅萱草)と呼ばれることもある。ヤブカンゾウと同じく、結実せず、根茎によって繁殖する。なお、ノカンゾウの若葉や蕾も食用や薬用にされ、解熱、利尿、腫れものに効能があるとされる。
本州、四国、九州、沖縄に分布し、国外では中国、台湾に見られる。大和(奈良県)では田の畦などに群生して花を咲かせるのに出会う。だが、圃場整備などにより激減し、希少種にあげられている。写真は田の傍の草叢に花を咲かせるノカンゾウの群落(左・御杖村)。林縁の草叢に咲く花と花のアップ(中・右・宇陀市)。 萱草の花咲き烈し炎天下日を恋はば日に焼かるるならひ
<2029> 大和の花 (272) ユウスゲ (夕菅) ユリ科 ワスレグサ属
山地や高原の草地に生える多年草で、1日花を特徴とするワスレグサ属の中ではカンゾウの類と異なり、夕方開き、翌日の午前中に萎む花を咲かせる。ユウスゲ(夕菅)の名は、つまり、夕方開花する葉がカヤツリグサ科のスゲ(菅)に似ることによる。
花茎は1メートルから1.5メートルほどで、広線形の葉が2列根生し、長さは50センチ前後になる。花期は7月から9月ごろで、花序は二股に分枝し、一花ずつ次々に咲かせてゆく。花は花被片6個からなるレモンイエローの筒状花で、基部で合着する。この花の色からキスゲ(黄菅)の別名でも呼ばれる。草本で夜咲く花と言えば、カラスウリ(烏瓜)やオオマツヨイグサ(大待宵草)、ユウガオ(夕顔)などが知られるが、これらの花は夜でもよく目につくように出来ているのがわかる。
本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島、中国東北部、シベリア、カムチャッカ半島などに見られるという。大和(奈良県)では植栽されたものをときに見かけるが、自生地は奈良市と桜井市の大和高原に限られ、野生の個体数が少ないことからレッドデータブックには希少種としてあげられている。私は2度ほど自生地を訪れたが、桜井市では保護に当たっている貴重な植生の1つである。なお、花は食用にされることもある。 写真はユウスゲ(桜井市東部)。 夕菅や哀れは常に生のもの
<2030> 大和の花 (273) バイケイソウ (梅蕙草) ユリ科 シュロソウ属
山地の林内や湿った草地などに生える多年草で、大群落をつくることが多い。茎の高さは大きいもので1.5メートルほどになる。広楕円形の葉は2列根生し、長さが20センチから30センチ、基部は茎を抱き、葉脈がはっきりと見える。花期は7月から8月ごろで、茎頂に大きな円錐花序を立て、直径2センチほどの縁に突起毛のある緑白色の6花被片からなる花を多数咲かせる。この花をウメになぞらえ、葉がケイラン(蕙蘭)に似るところからこの名が生まれたと言われる。類似種に北方型のコバイケイソウ(小梅蕙草)がある。
北海道、本州、四国、九州に分布し、朝鮮半島から中国にも見られるという。大和(奈良県)では台高、大峰山系の山々を主に、尾根の草地など一面に広がる大群落が見られる。春の若葉は瑞々しく美しいが、全草に猛毒のアルカロイドが含まれる代表的な有毒植物で、食欲旺盛なシカも口にしないため増えたようである。昔は厠に入れて蛆の退治に用いたという話もある。花が咲く盛夏のころになると、葉が枯れて傷むものがほとんどで、一面に咲く花は圧巻だが、今一つ魅力に欠けるところがうかがえる。
写真はバイケイソウ。左から大群落の花。若葉のころ。葉に傷みのない花。花序の先に赤とんぼ。花のアップ(花被片の縁に突起毛が見られる。雄しべは6個、葯は淡黄色。花柱は3個が反り返る)。 耳に入る音の多さや夏の朝
<2031> 大和の花 (274) ホソバシュロソウ (細葉棕櫚草) ユリ科 シュロソウ属
北海道と本州の中部地方以北に分布するアオヤギソウ(青柳草)の変種である花が赤褐色のシュロソウ(棕櫚草)の一種で、シュロソウの名は根元の古い葉柄がシュロ(棕櫚)の皮のように残ることによる。ホソバシュロソウは葉の幅が3センチ以下とシュロソウより細いのでこの名がある。
高さが大きいもので1メートルほどになる多年草で、線状披針形の葉が30センチほどと長く、根ぎわにつくのでまたの名をナガバシュロソウ(長葉棕櫚草)という。花期は6月から8月ごろで、茎頂の円錐花序にシュロソウより長い1、2センチの花柄を有する赤褐色の6花被片の花を多数つける。花は両性花と雄花がつき、雄しべは6個。実は楕円形の蒴果で、熟すと茶色くなる。
シュロソウが本州の中部地方以北と北海道に分布するのに対し、ホソバシュロソウは本州の関東地方以西、四国、九州に分布。国外では朝鮮半島、中国、ロシアに見られるという。大和(奈良県)はホソバシュロソウの分布域で、標高500メートルにも満たない大和高原から標高1700メートルに及ぶ大峰山脈の稜線まで点在的に見られる。昔は山間で普通に見られていたようであるが、現在は自生地が限られ、個体数も少ないとして、絶滅危惧種にあげられている。
アルカロイドを含む有毒植物で、バイケイソウ(梅蕙草)と同じく、殺虫の効能により蛆退治のため厠に投入されたという経歴がある。 写真はホソバシュロソウ(大峯奥駈道の岩場と草地で撮影)。 朝蝉の声もろともの真夏かな