大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2020年01月05日 | 植物

<2917>  大和の花 (972) イイギリ (飯桐)                                             イイギリ科 イイギリ属

           

 山地のやや湿り気のあるところやダム湖周辺などで見かける落葉高木で、高さは10メートルから15メートルほどになる。樹皮は灰白色で、褐色の皮目があり、平滑。枝が車軸状に広がり伸びるのでまるまった樹形になる。葉は長さが10センチから20センチの卵心形で先が鋭く尖り、縁には粗い鋸歯が見られる。表面は光沢があり、裏面は粉白色。葉と同程度の長い柄を有し、輪生状について互生する

 雌雄異株または同株で、花期は4月から5月ごろ。枝先に20センチから30センチの円錐花序を垂れ下げ、芳香のある花を多数つける。花は花弁がなく、萼片が5、6個。雌花より雄花が大きく、直径1.5センチほど。雄花の雄しべは多数。雌花には花柱が数個つく。花は全体的に黄緑色に見える。液果の実は直径1センチ弱の球形で、秋に赤く熟し、葉を落とした後も枝に残りよく目立つ。

 イイギリ(飯桐)の名は葉がキリの葉に似て大きく、この葉にご飯を包んだことによると言われる。ナンテンギリ(南天桐)の別名は赤い実をナンテン(南天)の実に見立てたことによる。イイギリは1属1種で、東アジアの特産とされ、本州、四国、九州、沖縄に分布し、朝鮮半島、中国、台湾に見られるという。大和(奈良県)では南部の紀伊山地に片寄る傾向にある。材は器具や下駄、薪炭に用いられる。

 写真はイイギリ。左から枝先の花序に咲く雄花、夏の若い実、葉を落とした木いっぱいに垂れ下がる赤い実、雪の降る中で彩りを増す円錐果序の赤い実。 凧糸の強さにありて凧揚がる


大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2019年07月08日 | 植物

<2741> 大和の花 (840) コクラン (黒蘭)                                              ラン科 クモキリソウ属

                   

 常緑樹林内や竹林などに自生する多年草で、地中に多肉質の偽球茎を有し、長さが5センチから12センチの広楕円形で先が尖る葉を2、3個出し、葉は基部が鞘状になって偽球茎を抱む形につく。花期は6月から7月ごろで、高さが15センチから30センチほどに直立する花茎の上部から先にかけて小さな暗紫色乃至は黒褐色の花を5個から10個つける。群生することが多いが、花は地味で、目立たない。

 本州の茨城県以南、四国、九州に分布し、国外では中国と台湾に見えるという。大和(奈良県)では、中部から北部の里山に多く、ときに群生しているのに出会うことがある。かなり自生地も個体数もあるが、自生地の開発、環境の変化による植生の遷移、園芸用採取などを危険要因にあげ、レッドデータブックは希少種にあげている。 写真は花期のコクラン(平群町)。 

  夏雲に向かひて揚がり消へし蝶果たして蝶の夢は何処か

 

<2742> 大和の花 (841) クモキリソウ (雲切草)                              ラン科 クモキリソウ属

                

 林内や林縁に生える多年草で、球形の偽球茎を有し、長さが10センチ前後の広卵形の葉が2個花茎を抱く形でつく。花茎は高さが10センチから20センチで直立し、上部に5個から15個の花をつける。花期は6月から8月ごろで、花は萼片、側花弁、唇弁などからなり、淡緑色から黒褐色まで変化が見られる。同属のジガバチソウ(似我蜂草)に似るが、クモキリソウには唇弁が反り返って巻くように見える特徴があるので判別出来る。

 北海道、本州、四国、九州、琉球列島に分布し、南千島と朝鮮半島に見られるという。大和(奈良県)には自生地が点在的に見られ、多いものの個体数は少なく、園芸用採取や植生の遷移を危機要因と見て、レッドリストに希少種としてあげている。 なお、クモキリソウ(雲切草)の語源は花が蜘蛛の子を散らしたように見えることから蜘蛛散り草。それが雲散り草になり、訛って雲切草になったという説など諸説あるが、決定的ではない。写真はクモキリソウ(天川村)。 揚羽舞ひ猫が歩める昼つかた我が安らぎの庭の一景

<2743> 大和の花 (842) ジガバチソウ (似我蜂草)                                  ラン科 クモキリソウ属

                   

 林内や林縁などクモキリソウと似たような山地に生える多年草で、クモキリソウと同じく、球形の偽球茎を有し、2個の葉と1個の花茎を出す。葉は長さが3センチから8センチの広卵形で、基部は狭くなって葉柄に続き、茎を抱いて向かい合うように斜上して開く。葉は縦脈のほか横脈の2次脈がはっきり見え、網目模様が浮き立つ。この葉に現れる網目模様がクモキリソウにはなく、判別点になる。

 花期は5月から7月ごろで、高さが8センチから20センチに直立する花茎の上部に数個から20個ほどの花をつけ、下から順に開花する。また、花は萼片、側弁、唇弁などからなり、これもクモキリソウに似るが、唇弁がクモキリソウほど反らず、先が細く尖るのでこの点でも判別出来る。なお、花の色は淡緑色から黒褐色まで変異が見られ、淡緑色のものをアオジガバチソウ(青似我蜂草)、黒褐色のものをクロジガバチソウ(黒似我蜂草)と呼んで区別することもあり、中間色のものもときに見受ける。ジガバチソウ(似我蜂草)の名は花の姿がジガバチに似ることによるという。

  北海道、本州、四国、九州に分布し、国外では朝鮮半島に見られるという。大和(奈良県)ではクモキリソウと同じく、自生地が点在し、ときに群生も見られるが、見つかり次第採取されるため、減少が著しく、レッドリストの絶滅危惧種にあげられている。 写真はジガバチソウ(御杖村)。左から花期の姿、多くの花がついた花序、葉のアップ(網目模様が見える)。

  溶明(フェードイン)蝶大空に舞ひ上がり理想の夢の涯を指し消ゆ

 


大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2018年12月27日 | 植物

<2548> 大和の花 (690) サカキ (榊)                                               ツバキ科 サカキ属

            

 山地の照葉樹林内に生える常緑高木で、高さは10メートルほどになる。樹皮は暗赤褐色で、円形の小さな皮目が見られる。本年枝は緑白色で、毛はない。葉は長さが7センチから10センチの長楕円形で、先は鈍頭、基部はくさび形。縁に鋸歯はなく、革質で、光沢があり、ごく短い柄を有し、2列に互生する。

 花期は6月から7月ごろで、主に側枝の葉腋に柄のある直径1.5センチほどの5弁花を1個から3個下向きに咲かせる。花弁ははじめ白色で、その後、黄色みを帯びて来る。雄しべは多数に及び、葯はオレンジ色。雌しべは1個。実は球形の液果で、初冬のころ黒紫色に熟す。種子は長さが2ミリほどの扁球形。

 サカキ(榊)の名は、常緑の葉がよく茂り栄える木の栄木(さかえき・さかき)、神域を示す境木(さかいき・さかき)、神木を意味する社香木(さかき)などの諸説がある。榊の字は神の依代とする神木の認識によってつくられた和製の国字である。また、サカキはマサカキ(真賢木)とも言われ、『古事記』や『日本書紀』の神話に登場する。

  天照大神が須佐之男命の狼藉によって天の岩屋戸に籠ったとき、このサカキのマサカキを呪術に用い、誘い出すのに功を奏した。この謂れにより、古来より神域に必要な神木として神社の境内地に植えられるようになり、今に至っている。神社では植えられるほか、枝葉を神前に供えたり、神事に用いたりする。また、材は堅く、緻密で、建築材や器具材に使用するほか、櫛や箸などの細工物にも用い、熟した実は赤紫色の染料にするなど利用されて来た。

  本州の関東地方南部以西(日本海側では石川県以西)、四国、九州、沖縄に分布し、国外では朝鮮半島南部、中国、台湾の東アジアの一部。大和(奈良県)ではほぼ全域に分布し、神社でもよく見かけるが、私はまだ自生の花に出会っていない。 写真は左から拝殿の傍で花を咲かせたサカキ、花を連ねた枝、花のアップ(橿原神宮ほか)。 情と知の一個体なる己あり己は己のみにはあらず

<2549> 大和の花 (691) ヒサカキ (柃)                                                ツバキ科 ヒサカキ属

              

 山地に生える常緑低木乃至は小高木で、高さは普通3メートルほど、大きいもので10メートルほどに及ぶ。樹皮は暗褐色で、新年枝は淡緑色。葉は長さが3センチから7センチの楕円形で、先は鈍頭、基部はくさび形。縁には波状の浅い鋸歯が見られる。質は厚い革質で、表面に光沢があり、裏面は淡緑色。葉柄はごく短く、枝に流れるように互生し、側枝では葉が2列に並ぶ特徴がある。

 雌雄異株で、花期は3月から4月ごろ。葉腋に鐘形あるいは壷形の花を1個から数個つき、下向きに咲く。花は4ミリ前後と小さく、5個の花弁は帯黄白色で、雄花と雌花のほか両性花も見られる。また、花には独特の強い匂いがあり、花を見なくても開花がわかるほど。花は地味で、その匂いも決してよいものではないが、その匂いで山に春の訪れを感じさせる。液果の実は直径4、5ミリの球形で、秋に紫黒色に熟す。

 青森県を除く本州、四国、九州、沖縄に分布し、国外では朝鮮半島南部に見られるという。大和(奈良県)では全域に自生し、普通に見られる。ヒサカキの名はヒメサカキ(姫榊)の意で、岡山の私の郷里ではサカキの代用に父が山から採って来て神棚に供えていたのを覚えている。ほかの地方でもサカキの代わりにしているようで、大和高原でもヒサカキを持ち帰る農家の人から聞いたことがある。

  材は灰褐色から淡紅褐色で、堅く緻密なため、器具材や薪炭材に。また、木灰は和紙の製造、あるいは媒染に用いられ、実は染料にされて来た。ときに紅紫色の花を見かけるが、これは園芸種と思われる。 写真はヒサカキ。左から枝木いっぱいの花、枝に連なる雄花、紅紫色の花をつけた枝、紫黒色に熟した実。 生きるとは己を掲げゆくにあるときには理論武装などして

<2550> 大和の花 (692) ナツツバキ (夏椿)                                        ツバキ科 ナツツバキ属

               

 山地の林内に生える落葉高木で、高さは大きいもので15メートルほどになる。樹皮は赤みを帯び、滑らかであるが、樹齢が進むと剥がれ、灰白色や赤褐色の大きな斑紋が出来る。葉は長さが3センチから5センチの楕円形で、先は鈍頭、先端部が短く尖り、基部はくさび形になり、縁には細かい鋸歯がある。質はやや厚く、表面には光沢がなく、裏面には伏毛が生え、短い柄を有し互生する。

 花期は6月から7月ごろで、葉腋に直径5、6センチの白い5弁花をつける。花弁には皺が出来、花弁の縁には細かい鋸歯が見られ、外面には絹毛が密生する。花は終わりになると萼片が中央に寄り集まり花を押し上げて落とし、ツバキと同じように咲いた状態で花が散るので、地面に落花してからも風情がある。実は蒴果で、秋に熟し、裂開して種子を出す。

 シャラノキ(沙羅の木)の別名を持つが、これは釈迦が沙羅双樹の下で無常を説いた後、涅槃に入り、入滅したとき枯れたとされるこの沙羅双樹にこのナツツバキ(夏椿)を当てたことによるという。ナツツバキと沙羅双樹とは全く別種の樹木であるが、ナツツバキは釈迦に所縁の樹木として扱われるようになり、お寺の庭に植えられることが多くなった。

 本州の福島、新潟県以西、四国、九州に分布し、朝鮮半島南部にも見られるという。大和(奈良県)では紀伊山地を中心に標高1000メートル以上の深山に点在して分布しているが、『奈良県樹木分布誌』(森本範正著)は「通常冷温帯域に分布するものだが、笠置山地では400~500mの地に自生する。寒冷期に低所にまで分布していたものの遺存と思われる」と笠置山地の低山帯に分布するものについて分析している。

  なお、植栽のほか、材は床柱や器具材にされ、花は夏の茶花として評価されている。 写真はナツツバキ。左は金剛山のもの。中は大台ヶ原山の大蛇嵓付近のもの。右は曽爾高原のもの。 止まるを知らざる時に統べられて命の燈(ともし)のたとへばこの身

<2551> 大和の花 (693) ヒメシャラ (姫沙羅)                                    ツバキ科 ナツツバキ属

                       

 標高1000メートル以上の深山から標高300メートルほどの低山まで生える落葉高木で、大きいものでは高さが15メートルを越すものも見られる。樹皮は滑らかな淡赤褐色で、薄片になって剥がれ落ち、斑紋状になる。新年枝は褐色から赤褐色で、はじめ毛があるが、後に無くなる。葉は長さが5センチから8センチの楕円形乃至は長楕円形で、先は細く尖り、基部はくさび形。縁には浅い鋸歯があり、細かな毛が生え、葉柄は1センチ前後で、互生する。幹の特徴により登山道などで出会うとすぐにヒメシャラとわかる。

 花期は7月から8月ごろで、標高によって微妙に異なる。新枝の葉腋に直径1.5センチから2センチの白い5弁花を1個ずつつける。花弁の外側には絹毛が密生し、花弁はツバキの花のように基部で合着し、開花した状態で散り落ちる。ナツツバキに似るが、花はかなり小さく、判別出来る。花が小さいのでヒメシャラ(姫沙羅)の名があるが、木自体はむしろヒメシャラの方が大きい。ときに登山道で散り敷く花に出会うことがあるが、高い位置に花が咲くので、撮影し難いところがある。実は蒴果。

 本州の神奈川県以西の太平洋側、紀伊半島までと四国、九州(屋久島まで)に分布する日本の固有種で、襲速紀要素の植物。大和(奈良県)では南部に分布が片寄る。なお、ナツツバキと同じく、材が堅く緻密で、床柱、器具、彫刻材に用いられる。 写真はヒメシャラ(天川村北角の弥山登山道の標高1300メートル付近ほか)。 日常に寸景ありて見ゆるものうむその景に触れて来しかな

<2552> 大和の花 (694) ヒコサンヒメシャラ (英彦山姫沙羅)                ツバキ科 ナツツバキ属

              

 山地の林内に生える落葉高木で、高さは大きいもので15メートルほどになる。樹皮は赤褐色乃至は黄褐色で、葉は長さが3センチから7センチの楕円形乃至長楕円形で、先は細く尖り、基部はくさび形になる。縁には細かい鋸歯が見られ、表面にはほとんど毛がなく、光沢もない。裏面には脈沿いに毛がある。葉には短い柄があり、互生する。

 花期は6月から8月ごろで、新枝の葉腋に直径3.5センチから4センチほどの白い5弁花をつけ、花はナツツバキとヒメシャラの中間の大きさで、3者はよく似るが、本種は花弁の一部が紅色になる花が多く見られる。また、幹がヒメシャラよりもくすんで見えるので判別点になる。実は蒴果。

  本州の神奈川県丹沢山地以西、四国、九州に分布、国外では韓国の済州島。大和(奈良県)では南部の台高、大峰山脈の上部、冷温帯域に点在して自生するが、個体数が少なく、奈良県版レッドデータブックには希少種としてあげられている。なお、ヒコサンヒメシャラ(英彦山姫沙羅)の名は福岡、大分県境の英彦山(1116メートル)に因む。材は堅く緻密で、床柱や器具材にされる。 写真はヒコサンヒメシャラ(十津川村の釈迦ヶ岳登山道1500メートル付近)。 ゆく年は如何にあれども生きて来し齢の数に等しくぞある

 

 

 

 

 


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2017年04月07日 | 植物

<1926> 大和の花 (186) シハイスミレ (紫背菫)                                スミレ科 スミレ属

               

 平地では見ないが、山間や丘陵、低山から深山に至る広い範囲に生える地上茎を有しないスミレで、落葉樹林帯や二次林帯に多く、山道では必ず出会うことが出来、山歩きを楽しくさせてくれるスミレである。草丈は8センチ前後、長卵形から披針形に至る葉の裏面が紫色を帯びるのが特徴で、この名がある。花期は3月から5月ごろで、淡紅紫色から濃紅紫色まで色彩的変化に富む花を咲かせ、山歩きをしていると、色彩の美しさに惹かれてよくカメラを向ける。芭蕉の「山路来て何やらゆかし菫草」はよく知られる句であるが、このスミレについて、如何なるスミレかと話題になったことがある。この句は『野ざらし紀行』に登場する句で、京から近江に向かう蓬坂山の峠に差しかかったとき、スミレに出会い、その花にゆかしさを感じて詠んだと言われる。

  この芭蕉のスミレに、現地踏査を試み、タチツボスミレと結論づけた人がいる一方、この結論に十分な納得がいかず、シハイスミレとする人もいるといった具合であるが、私には山路イコールシハイスミレという取り合わせの印象が強く、また、一箇所に固まって咲くことの多いタチツボスミレでは「ゆかし」という表現にそぐわない気がするので、点々と花を見せるシハイスミレの方が妥当と思われる次第である。果してどうだろうか。なお、シハイスミレ本州の中部以西、四国、九州に分布、国外では朝鮮半島南部、中国に見られ、西日本に多く、東日本には変種のマキノスミレが分布している。 写真はシハイスミレ。    山道に出会ふすみれの楽しさよ

<1927> 大和の花 (187) フモトスミレ (麓菫)                                         スミレ科 スミレ属

         

  シハイスミレに近いタイプのスミレで、小さな白い花がかわいらしく、ニョイスミレに似るところがあるが、フモトスミレは湿気のあるところを好んで生える地上茎を有するニョイスミレとは根本的な違いがあり、水はけのよい麓の向陽地や高原、または、落葉樹林下や林縁など、どちらかといえば、乾燥気味なところに生える地上茎を有しないスミレである。

  草丈は7センチ前後で、葉は基部が心形の卵形で、水平方向に開く傾向があり、表面が濃緑色、裏面が紫色を帯びるのが普通である。だが、他のスミレにも言えることであるが、白い斑が入るものや光沢のあるもの、裏面が紫色にならないものなど変異が見られ、紛らわしい点があって判別に注意を要するスミレの1つである。ニョイスミレに比べると、葉は硬い感触があり、シハイスミレに似る。

  花期は4月から5月ごろ。花は直径1センチほどで、花弁は白く、唇弁に濃紫色のすじ模様が入り、上弁が反り返る。側弁には基部に毛が生え、距は紅色を帯びるものが普通であるが、花にも変異が見られる。なお、自生の分布は本州の岩手県以南、四国、九州で、国外では朝鮮半島に見られるという。 写真はフモトスミレ。右端の写真は十津川村の半日陰の崖地で見かけたもので、葉に白班が入った亜種のヒメミヤマスミレに近いタイプのフイリフモトスミレと見た。長い花柄に濃い紅紫色の距が印象的なかわいらしい花だった。

  花そこここ痛くな降りそ春の雨

 

<1928> 大和の花 (188) アカネスミレ (茜菫)                                         スミレ科 スミレ属

           

  丘陵地や高原、低山帯の林縁、登山道の道端など日当たりのよいところに生える地上茎を有しないスミレで、草丈は10センチほどになる。花どきの明るい緑色の葉は丸みのある長三角形から長卵形で、先は尖らず、細かい鋸歯があり、変化に富む。

  花期は4月から5月ごろで、花は直径1.5センチほど。アカネ(茜)の名の通り、花は茜色(濃い赤色)を基調にしているが、濃紫色から紅紫色や淡紅紫色まで変化に富む。側弁の基部が閉まり、基部に口髭様の濃い白い毛が生え、花の中心部が隠れて見えづらい特徴がある。距が細長く伸びるのも特徴の1つであるが、他種との判別でもっとも有効なのは花柱の基部の子房や距が有毛であること。とにかく毛が多く、アカネスミレの中で側弁の基部以外に毛のないものはオカスミレ(丘菫)と名づけられている。

 北海道から屋久島まで分布し、国外では中国、朝鮮半島、シベリアに広く見られるが、大和(奈良県)では自生地が限られ、個体数も少ないため、レッドリストの絶滅危惧種にあげられている。 写真はアカネスミレ。アカネスミレとサクラスミレ(桜菫)とはよく似るが、サクラスミレについては次回に触れたいと思う。   ゆっくりと歩むのがよし春の山

<1929> 大和の花 (189) サクラスミレ (桜菫)                                              スミレ科 スミレ属

                    

  明るい落葉樹林の林床や高原の草原などに生える地上系を有しないスミレで、ほぼ全国的に分布し、分布の中心は中部地方以北とされる。西日本では「高所に点在する程度」(いがりまさし著『日本のスミレ』)とされ、大和では標高700メートルから1000メートル付近の草地に散見される。この状況によりレッドリストには絶滅危惧種としてあげられている。サクラスミレ(桜菫)の名は、花が大きく、サクラのように5つの花弁の先端がわずかに窪む特徴によると言われる。但し、生育環境によっては窪まない個体も見られる。なお、国外では東アジアの冷温帯に見られるという。

  草丈は15センチほどになり、葉は三角状長卵形で両面とも明るい緑色で、立ち上がるものが多い。花期は4月下旬から6月ごろで、花は2.5センチ前後と他種に比べると大きい。花の色は淡紅紫色から紅紫色で、側弁の基部に白い毛が密生し、花の奥がよく見えず、距は細長い。この花の大きさと美しさにより「スミレの女王」と言われるほどである。アカネスミレに似る個体も見られ、紛らわしいが、花がひと回り大きく、アカネスミレには全体に微毛が生えているのに対し、サクラスミレでは葉や花柄にほとんど毛がない違いが見られる。写真はサクラスミレ。淡紅紫色と紅紫色の花。 さまざまにありける雨に春の雨

<1930> 大和の花 (190) エイザンスミレ (叡山菫)                                      スミレ科 スミレ属

       

  エゾスミレ(蝦夷菫)の別名でも知られる地上茎を有しない複葉性の葉が裂けるタイプのスミレで、低山帯の日陰を好んで生えるところがある。また、風化が進んで砂地が少しずつ崩れるような場所にも見られる。草丈は15センチほどになり、裂ける葉が本種では3つに深裂するのが普通で、変形したものも見受けられる。

  花期は4月から5月ごろで、花は直径2センチから2.5センチ。花弁は淡紅紫色が基本であるが、白地に紅色のすじが入るものも見られる。側弁の基部にはわずかながら毛が生え、花には香りのよいものが多いとされる。ほかのスミレにも言えるが、花の後、葉が見違えるほど大きくなり、スミレの仲間とも思えない姿になる。

  本州、四国、九州に分布する日本の固有種で、殊に太平洋側でよく見られる。大和(奈良県)でも低山帯に見られ、私は金剛山と葛城山の山中で出会ったが、両個体とも花が純白に近いシロバナエゾスミレ(白花蝦夷菫)タイプだった。曽爾高原では葉の裂け方が細かく、ヒゴスミレ(肥後菫)と判別し難い個体に出会ったが、花が淡紅紫色の基本的な花には未だ出会えていない。なお、エイザン(叡山)は比叡山に因む。 

 写真左はシロバナエゾスミレタイプのエイザンスミレ。写真中は花の終わりころのエイザンスミレ。裂けた葉が大きく成長しているのがうかがえる。写真右はヒゴスミレタイプのエイザンスミレと見たが、エイザンスミレタイプのヒゴスミレとも言えるか。

   慈雨たれよ芽吹けるものに春の雨

 

<1931> 大和の花 (191) ヒゴスミレ (肥後菫)                                      スミレ科 スミレ属

              

 地上茎を有しない葉が裂けるタイプのスミレで、エイザンスミレ(叡山菫)より更に細かく裂け、完全に5つに深裂する違いがある。日陰を好むエイザンスミレに対し、ヒゴスミレは日当たりのよい高原の草原や落葉樹林域に生える。花どきの草丈は10センチ前後で、葉の展開とほぼ同時に花を開くことが多い。

 花期はエイザンスミレとほぼ同じで、4月から5月ごろ、直径2センチ前後の白い花をつける。中には花弁の裏側に紅紫色の模様が入る個体も見られる。側弁にはわずかながら毛が生えている。ヒゴ(肥後)の名は熊本県の旧国名による。本州(秋田県以南)、四国、九州(鹿児島県)に分布する日本の固有種で、北方型のエイザンスミレに対し、西日本に多い南方型のスミレとして知られ、大和(奈良県)では限定的に見られる。曽爾高原では山焼きの後の末黒(すぐろ)のススキの根方から生え出して花を咲かせる健気な姿が遊歩道脇などで見られる。

 春一番の白い花はキジムシロ(雉蓆)の黄色い花やほかのスミレとともに暖かな陽光の下で咲き出し、命の息吹を感じさせるところがある。この花の姿はススキが成長する前のほんの束の間の光景で、ヒゴスミレのような小さな草花たちにはこの束の間の時こそ大切なことが言える。 写真は高原の末黒の地に咲き出したヒゴスミレ。    末黒より命の証なるすみれ

 

 

 

 

 

 

 

 


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2013年09月28日 | 植物

<756> 紅葉と実りの時季 (9・27 大台ヶ原 )

       蔦漆 より紅葉の 始まれり

 大台ヶ原(標高約一六〇〇メートル)に紅葉の灯が点った。ツツジ類とツタウルシに紅葉が見られる。日射しは強いものの暑さは峠を越え、山の空気は爽やかで、歩きには絶好の季節であると、そのように感じられた。

 まず、目についたのはツタウルシの紅葉で、そこここに点在して見られた。常緑のトウヒなどに絡んでいるので、よく映えて見える紅葉である。また、岩場や向陽地ではツツジ類の紅葉も見られた。大台ヶ原はツツジ類の多いところで、シャクナゲはよく知られるが、これはアセビやヒカゲツツジと同じく常緑性で紅葉を見ることはない。

  だが、アケボノツツジ、シロヤシオ(ゴヨウツツジ)、トサノミツバツツジ、ヤマツツジ、サラサドウダン、コアブラツツジ、コメツツジなど、落葉、または半落葉性のツツジが自生しており、美しいものとそれほどでもないもがあるけれども、これらには紅葉が見られ、山の彩りをなす。

 この中で、紅葉がよく目につくのは、シロヤシオのゴヨウツツジとサラサドウダン、それに岩場のコメツツジで、この日もこれらの紅葉が見られた。ブナやカエデ類はまだ先で、十月中旬以降ではないかと思われる。

                           

 また、紅葉の時期は実の熟すころに当たり、この日も幾つかの実を見た。ミズナラは八月ごろから実のドングリが太り出し、今がちょうど成熟するころで、登山道にも落ちているのを見かけた。東日本の縄文人はこれを主食にしたと言われるので、一つ拾って食べてみたところ、少し渋みはあったが、食べられなくはないという味わいだった。

 ほかには、ブナが堅い毛をつけた皮に被われた実を生らせ、まだ枝にあった。ツタウルシは紅葉した葉の下に小さな実を鈴生りにしていた。ヤマブドウは黄葉しかけた大きな葉の下に実を生らせ、ブドウ色に熟し始めていた。八月に見たフウリンウメモドキは既に実が落下して枝には見当たらなかった。山の木々もそれぞれに時を過しているという感じである。

 写真は左から、シロヤシオ(ゴヨウツツジ)の紅葉、コメツツジの紅葉、ツタウルシの紅葉、紅葉した葉の腋に白色を帯びた茶褐色の実を沢山につけたツタウルシ。次は大きな葉っぱに隠れるように実をつけ、ブドウ色に熟し始めたヤマブドウ(いずれも九月二十七日の大台ヶ原山で)。