大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年03月07日 | 写詩・写歌・写俳

<552> 掌 編 「花に纏わる十二の手紙」 (9) 梨 (なし)         <551>よりの続き~

       たわいなき 望みか知れず 梨の花 二人でまた見む思ひ出の花

  下北山村の黒谷吊り橋の手前に車を停めて歩きました。よく晴れて気持ちのいい日でした。三十分ほど歩いて、前鬼の「小仲坊」の近くまで来たとき、枝木いっぱいに白い花を咲かせた二本の高い木が私たちを出迎えてくれました。あなたも覚えていると思いますが、あのときのことです。

 私は何の木かわからず、あなたに訊ねたら、あなたは即座に梨の木であると教えてくれました。棚作りにする栽培梨とは違って野生化した梨は高木になると言われ納得しました。秋になるとテニスボールほどの実をたくさんつけるとも教えてくれましたね。あのときは実も想像されました。

  十五㍍はあるその枝木いっぱいに咲いた白い花は爽やかな谷筋からの風にあおられて、ときおり花びらが青空に舞うのを二人で飽きることなく見上げていました。あのときの光景を夢に見たのです。あなたは、夢の中で「また来よう」と言いました。私は、夢を見た後、夢が私たち二人のために意図された神さまからの贈り物のような気がしました。神さまは、私に意志を強く持って願いなさいと言っているのではないでしょうか。

  あの日は、深仙の宿で一泊の予定でしたが、私が礫に足を取られ、転んで右手の手首を怪我し、それほどでもなかったのですが、二つ石まで登って、山腹の岩壁と少し青みがかった大峰の山々を遠望して引き返しました。「ここまで来て」と、私は思いましたが、あなたは、「山で無理はいけない」と言って、あの日は、ツツジの花を手前に制多迦童子と矜迦羅童子の二つ石を背景に記念写真を撮って、下山へ踝を返しました。

                                                                                

 私がよくなって、あなたがカンボジアから帰って来られたら、また、二人で出かけて行き、あのナシの花を見て、今度こそ釈迦ケ岳に登頂したいと、そう思うのです。意志を持って願えば、思いは必ず叶えられる。夢ではそう言っているように思えました。それは、とりもなおさず、私が、健康を取り戻し、流産からの惨憺たる気持ちに終止符を打って、新たな道を開くことに通じます。そして、それは私のこれからの道筋と言えます。

  もちろん、これは、私一人の思いで、あなたは、すでにカンボジアのことで頭がいっぱいでしょう。カンボジアでは、特に子供たちにスポットを当て、その現状をルポなさるとのこと。頑張ってください。ベッドのおもりをしている私には、心の中であなたの活躍と無事を祈ることしか出来ません。しかし、「求めなさい、そうすれば、与えられるであろう」という聖書の言葉を胸に、あなたの帰りを待つつもりです。

  あなたがカンボジアに行かれている間に、私はここを引き払うべく療養に励みたいと思っています。夢にも出て来た梨の花は私にとって、神さまが用意してくださったあなたとの絆の花だと思っています。そして、あの花は、私にとって、叶えるべくある目標の花だと言えます。満開のあの白い花。あの花が青空に舞うところをもう一度、あなたと一緒に見たく思っています。今年は駄目ですが、来年は連れて行って下さいね。約束しました。きっと、ですよ。では、このあたりで。くれぐれも体に気をつけて。行って来て下さい。                                かしこ                         

  この手紙は、平成四年三月七日、結核療養中の植田美代子より、三ヶ月に及ぶカンボジアの取材で長期出張する夫善之の出発前に送られた励ましの便りである。