<1620> ブ ナ ( 橅 )
水楢も橅も大板屋名月も緑を増して夏はいよいよ
ブナはブナ科ブナ属の落葉高木で、日本の固有種として知られ、日本列島の冷温帯域に広く分布している。大きいもので樹高三十メートル、根元の直径が一メートルに及ぶ巨木も見られる。太平洋側と日本海側では樹形が異なると言われ、積雪の関係だと思われるが、すっくと立つ日本海側の樹形に対し、太平洋側では枝を広げ、ずんぐりとしているのが特徴で、人間に譬えると山のおじさんといった雰囲気がある。
保水力があり、豊富な落葉は腐葉土をつくって各所の栄養源になり、海にも及ぶと言われる重要な樹種として大切にされて来た。大和に分布するブナも太平洋側の樹形で、ずんぐりとした巨木が多く、標高八〇〇メートル以上の山に登るとどこかでブナ林に出合う。ブナ林の林床はスズタケ(太平洋側)やチシマザサ(日本海側)等に被われているのが普通であるが、シカの食害によるものか、林床が裸の状態になっているようなところも見受けられるのが昨今の姿である。
この状況は山の環境を変えることに繋がり、山の保水に関わる問題で、大雨の出水による平野部の洪水にも関わりがあることが指摘出来る。豊かなスズタケやチシマザサの林床を伴うブナ林のブナは勢いがあり、元気に見える。逆に尾根筋の風衝地などのブナではよく倒れているものを見かける。何とも惜しまれる姿であるが、これは材質がもろく、風に弱いことを示す。だが、倒れてからもほかの植生の栄養源となり役立っていることが多い。こうしたブナの特徴ゆえに樹木としての風格が感じられ、親しみを覚えるところで、山のおじさんという気分がして、ときには風雪に耐えて存在感を示し立つ太い幹に触れてみたくなったりするのである。
そして、加えるところ、今回はブナの花と果実について話を進えめてみたいと思う次第である。ブナは雌雄同株で、全ての木で雄花と雌花がほぼ同時に開き、どの木においても果実を生らせる特徴がある。ブナは不思議な木で、毎年花を咲かせることがない。ということは、毎年果実を結ぶことがないことを示していることになるが、これについては次のように言われている。「ブナは5~7年周期で大豊作になる。ブナは種子生産の少ない年をつくることによって、食害者である昆虫や小動物の密度を下げておき、豊作年に動物が食べきれないほど種子を生産して子孫を残すという戦術をとっている」(『山渓ハンディ図鑑3』)と。
つまり、ブナの花の調節はブナ自身の子孫繁栄の知恵によるもので、このブナの知恵はブナの果実を頼みにしている動物たちには大きい影響力として見ることが出来る。このブナの花と果実の実相において言えば、大量に生産される果実の大半は昆虫や小動物を養い育てるところに消費されているということになる。ここで思われるのが、山道でよく見かけるブナの果実(堅果)の殻斗が散り敷いた場をよく見かけることである。これは前年、即ち、二〇一五年が大豊作の廻りの年で、春には万朶に花が見られ、秋には大量の果実を生らせたことを示すものと言えるわけである。そして、二〇一六年の今年があるわけで、今年はブナの果実の少ない年廻りにより、昆虫や小動物には難儀を強いられる年になることが予想されるわけである。
クマはブナの果実を好物とし、ブナの不作はクマをも左右しかねないことが考えられる。山中に食料がなくなれば、背に腹が代えられないクマは人里に現われ、人とのトラブルを引き起こすことになる。今年、果実が少ないブナの様相は大和のみなのか。日本全体なのか、この点ははっきりしないが、ブナの凶作年だとすれば、今年の秋、冬にはクマの出没が多発するという理屈が成り立つ。 写真はブナの花(平成二十七年五月五日、西大台で撮影)と散り敷いたブナの殻斗(平成二十八年六月一日、天川村の大峯奥駈道で撮影)。