<1819> 大和の花 (107) マムシグサ(蝮草) サトイモ科 テンナンショウ属
今回から大和(奈良県)の地に見られるテンナンショウ属の仲間の中で私が出会ったものの幾種かにについて紹介したいと思う。この仲間は宿根性の多年草で、地下の球茎から伸び上がる筒状の葉鞘が重なった偽茎を有し、花は単性で、花被はなく仏炎苞で知られ、地中の球茎の大きさ(栄養状態)によって大きいものは雌株になると言われる雌雄異株で、変異が多く、地名や地域名がつけられた個体が多く見られる特徴がある。
大和(奈良県)は紀伊山地をはじめとして山域が広く、テンナンショウ属の仲間の豊富な土地柄にあるうえ、有毒植物であるためシカの食害に遭うことがなく、多く見られるのだと思われる。大和(奈良県)においても名に地名の見える仲間が何種かあげられる。では、全国的に分布する最もポピュラーなマムシグサ(蝮草)から取り上げてみたいと思う。
マムシグサは湿り気のある林内に生える多年草で、地下の球茎から紫褐色の斑が入った偽茎を真っ直ぐ上に向かって伸ばし、その上部に葉柄のある葉を二個つけ、多数の小葉を鳥趾状につける。花期は4月から6月ごろで、偽茎の先端から更に花茎を伸ばし、仏炎苞を一つ開く。仏炎苞は淡緑色から淡紫色と変化が見られ、普通白条が入る。花の屋根に当たる舷部はそれほど長くはないが、伸びて尖る。偽茎は花茎や葉柄より長い特徴が見られる。この斑入りの偽茎や花茎と仏炎苞の姿をマムシに見立てたことによりこの名がある。
雌雄異株で、仏炎苞の内側に肉穂花序を有し、花序には付属体が見られ、付属体は上に伸びて仏炎苞の口から覗くが、マムシグサでは棒状から棍棒状に見える。花が終わると仏炎苞は枯れ、雌花では肉穂花序にびっしりとついた丸い実が露わになり、秋には光沢のある赤色に熟す。なお、マムシグサは有毒植物ではあるが、漢方では球茎を輪切りにして干したものを去痰、鎮痙薬に用いて来た。
本州の関東地方以西、四国、九州に分布し、国外では朝鮮半島、ウスリー、アムール、サハリンなどに見られるという。 写真はマムシグサの花(左)と熟し始めたマムシグサの実(右)。金剛山ほか。 霜枯れてコスモス畑広がれり 時は果して移ろひゆける
<1820> 大和の花 (108) ムロウマムシグサ (室生蝮草) サトイモ科 テンナンショウ属
本州の近畿地方とその隣接県に分布を限る日本の固有種。大和(奈良県)には多く見られるマムシグサの仲間の多年草で、山中の木陰や林縁などに生える。高さは6、70センチほど。葉は普通2個で、倒卵形または長楕円形の小葉が鳥趾状に5個から7個つく。葉には鋸歯のあるものとないものが見られる。花期は4、5月ごろで、8センチ前後の花茎の先に葉と同時くらいに仏炎苞を開く。仏炎苞は淡紫褐色で、濃淡の違いが見られ、縦に条が入る。
仏炎苞の屋根の部分に当たる舷部は先が尾状から糸状に筒部より長く横に伸び、垂下するものが多く、他種との判別点になる。肉穂花序の付属体は濃い紫褐色の棒状乃至は棍棒状で上部は開口部から伸び出して見える。雌雄異株で、雌株では花茎が葉柄より短くなる特徴がある。
ムロウマムシグサ(室生蝮草)の名は、奈良県宇陀地方の女人高野の室生寺で知られる室生の山中で見つかったことによる。キシダマムシグサ(岸田蝮草)とも呼ばれるが、これは最初に見つけて発表した明治時代の博物学者岸田若松氏を記念してつけられたもの。 写真は左から群生するムロウマムシグサ、舷部先端が垂下する雄株の仏炎苞、葉に鋸歯が明瞭なタイプ、葉に鋸歯がないタイプ。 底冷えや大和国中盆の底
<1821> 大和の花 (109) ムロウテンナンショウ (室生天南星) サトイモ科 テンナンショウ属
地名の室生に因むテンナンショウ属の仲間に今一つムロウテンナンショウ(室生天南星)がある。やはり、宇陀地方の室生山中で発見され、この名がつけられた。山地の林内や林縁などに生える多年草で、近畿地方とその隣接地域に分布を限る日本の固有種として知られ、大和地方(奈良県下)では普通に見られる。高さは80センチ前後であるが、ときに1メートルを越す個体も見られる。葉は2個つき、楕円形乃至披針形の小葉を鳥趾状に5個から10数個つける。
雌雄異株で、花期は4月から6月ごろ。仏炎苞のほとんどは緑色であるが、稀に紫色を帯びるものも見られる。仏炎苞の屋根に当たる舷部は筒部よりも短く、先端が鋭く尖って開口部がムロウマムシグサよりもよく見える。仏炎苞の内面に乳頭状の突起が密生するのが特徴。また、仏炎苞に包まれた肉穂花序の付属体は緑白色で、上部が前に傾くものが多く、先端が丸く膨らみ、濃い緑色になるのもこの種の特徴で、この濃緑色の膨らみを見れば、他種との見分けがつく。
同じ地名のムロウ(室生)をその名に負うが、マムシグサ(蝮草)とテンナンショウ(天南星)ではイメージに違いがある。天南星は漢名で、語源は定かでないが、その姿に毒蛇のマムシを連想した写実的な命名と天南の星という宇宙を意識した浪漫的な命名の違いが、山歩きなどでよく見かけるムロウマムシグサとムロウテンナンショウには思われるところである。 写真は草丈の高いムロウテンナンショウ(左)と正面から見たムロウテンナンショウの開口部。肉穂花序の付属体が先端で丸く膨らみ、その部分が濃緑色であるのがわかる。 冬の月凛然と冴え奈良盆地
<1822> 大和の花 (110) ヤマトテンナンショウ (大和天南星) サトイモ科 テンナンショウ属
山地の林内や林縁に生える高さが1メートルほどになる多年草で、群馬県から紀伊半島にかけて点在して分布する日本の固有種で、主に三重県と奈良県に多く、大和(奈良県)では東部の一帯でよく見られ、この名がある。葉は普通2個つき、長楕円形から披針形の小葉が鳥趾状に7個から10数個つく。
雌雄異株で、花期は5月から7月と他種に比べて遅く、仏炎苞は葉の展開後に見られ、葉よりも高く花茎を伸ばし、その茎頂に開出するのでよく目につく。筒部は5、6センチ。緑紫色を帯びる白色で、濃い条が入る。屋根に当たる舷部は長三角形で、全体が黒紫色に彩られ、花の盛りにはほぼ水平に長く伸び、その姿は力を振り絞ってその形を保っているように見え、みごとである。
写真左は舷部がほぼ水平に伸ばたヤマトテンナンショウの仏炎苞。盛りが過ぎると垂れ下って枯れて行く。写真中は赤く熟したヤマトテンナンショウの実(いずれも奥宇陀の山中)。右の図は仏炎苞(テンナンショウ属)の模式図。一定の様式を持ち、極めて小さな花被が仏炎苞の中の太い肉穂花序の周りに多数密につく。花序の付属体や舷部の色合いなどは種や個体によって微妙に異なるが、仏炎苞の奥の花被群まで花粉の運び屋である虫たちを誘う仕組みになっている。 花に虫 虫に花なるつまりそのともにしてある待ち遠しき春