大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年03月03日 | 祭り

<183> お水取り (2)
        回廊を 大松明は 炎あげ 火の粉を散らし ながら走れり
 このブログのこともあって、お水取りを見に行こうと思った。 で、ふと三島由紀夫の『宴のあと』を思い出し、ほぼ四十年ぶりに読み返した。 物語の概要は、料亭の女将が 新聞社の招きでお水取りを 見に行く元大臣の誘いを受け、 この二人が婚前旅行を兼ねて奈良への旅をし、 結婚生活に入って 二人の人生を展開して行くというものであるが、 この奈良への旅で二人が見たお水取りの情景を三島がどのように表現しているかということに関心が持たれたからである。
  舞台の上の松明は、炎の獅子のように狂奔して、ふりまわされ、おびただしい火の粉が、群衆の頭上に降った。ついで火は、回廊の上を右端へ向って走り出し、広い庇の内側は赤々と照らし出された。そして右端の勾欄で、やや火勢の衰えた松明がふりまわされるとき、鉾杉の深い緑は、飛び交う火の粉に巻かれて、一際鮮やかになった。闇に涵された群衆は、今は闇から浮び出て、声高な唱名もいちめんの叫びに紛れた。その頭上には金砂子のような火の粉が降りつづけ、二月堂のくろぐろとした建築の壮大がのしかかっていた。
 という次第で、これが二人で見たお水取りの大松明運行の光景で、 二人は群衆に混じって二月堂の舞台を見上げたのである。この炎の演出が二人を感動させたことは、この文章に続く女将の次の言動でよく表わされている。
  「どうでしょう! どうでしょう!」とかづは言いつづけた。野口が気がついたとき、かづは泣いていた。
 これが女将の感動の模様であるが、 感動というのは、対象に対して喜びが自然に湧いて来る心の在りようを言うもので、そこに理屈などなく、その喜びによって心が解き放たれる状況をいうものである。火祭りでもあるこのお水取りの光景が二人にとってどれほど感動的であったかは、筆を費やして記したお水取りの情景描写以上に、この女将の短い言葉と涙の表現によってよく表されている。

              
 また、お水取りに際して今一つ思い浮かぶのは松尾芭蕉の『野ざらし紀行』の句である。 わずか十七音で厳粛な本行内陣の情景を彷彿とさせるところがある。
   水とりや 氷の僧の 沓の音
 これがその句で、或るは「氷」を「籠り」とみる句であるが、大松明の運行に感動した『宴のあと』の二人と違い、芭蕉は籠りの僧の沓 (くつ)の音に惹かれたのである。 芭蕉は僧と同じく二月堂の内陣に籠ってお水取りに立ち会っていたことは「二月堂に籠りて」という詞書でわかる。芭蕉には群衆に紛れて見上げる外の二人とは自ずと立ち位置が違うわけで、一概には言えないけれども、 もっぱら十一面観世音菩薩に恭している僧への関心が強かったことがうかがえる。
 大松明の運行は儀式上で言えば、僧の足許を照らす意味を持つが、 行事を盛り上げる役目にも大いに役立っているわけで、見物衆にはむしろこちらの方を目的に訪れる。しかし、修二会本行の内陣は外の歓声などには関わりなく、厳粛に行なわれる儀式で、 芭蕉の関心はもっぱらこちらの方にあったことがわかる。 参籠の経験がない私には内陣の雰囲気はわからないけれども、想像は出来る。
 外の二人が視覚によって感動したのに対し、内なる芭蕉は聴覚をして感動を得た。 僧の履く沓はヒノキで作られ、 裏を続飯で石のように固めた履物である。 このため、 堂の内陣ではよく響くのに違いない。「氷の僧」とは余寒烈烈たる厳しい籠りの情景を言うもので、この氷と沓の音がぴったり響き合う句になっている。
 つまり、お水取りの修二会というのは、この『宴のあと』に見られる外と芭蕉の句が示す内の二つの感動を秘めているわけである。で、大松明の運行は宗教儀式からすれば二次的であるけれども、これがなければお水取りはこれほどまでに盛り上がらず、それかと言って、観光目的に外が幾ら盛り上がっても宗教儀式の本分である厳粛さを失ってしまえば、元も子もないという次第で、 この内と外の二つの感動はともに大切なわけで、 お水取りという宗教行事はこの二つの感動の両立をもって完成していると言ってよいように思われる。 なお、写真は以前に撮影したもので、今は規制があってこの角度で写真にすることは極めて難しい。