<1915> 大和の花 (176) スミレ (菫) スミレ科 スミレ属
スミレ(菫)はスミレ科スミレ属(Viola)の総称であり、スミレ属の中の1個体の種名(Viola mandshurica)でもある。一般にスミレと言えば、総称としてのイメージで語られる場合が多いが、そのスミレ属の仲間は世界に広く分布し、分類上からすれば、約500種、日本には50数種が見られ、亜種や変種を含めると更に多く、その上、交雑種があって見分けの難しい点のあることも指摘されている。
では、こうした事情のスミレの中で、私が出会った大和(奈良県)に見られるスミレを図鑑に照らしながら紹介したいと思う。日本に見られるスミレ科スミレ属のスミレは全てが多年草で、スミレの分類にはタチツボスミレに代表される地上茎のあるものと、ミヤマスミレに代表される地上茎のないものに大きく分けられるが、ここでは生える場所の垂直分布によって主に平地・平野地域、丘陵・低山地域、深山・山岳地域に見られるものに分け、まずは、平地・平野地域を主な生活圏にしているスミレから始めたいと思う。
種名がスミレのスミレはスミレの中のスミレとして知られ、スミレと言えば、このスミレがイメージされるほど馴染みのあるスミレで、地上茎のないスミレの代表格として知られる。日本全土に分布し、国外では朝鮮半島、中国、ウスリーに見られるという。平地から丘陵地、草原や棚田の畦など日当たりのよいところに生える。葉は翼のある長い柄を有し、長楕円状披針形から三角状披針形に成長し、先は尖らず、花時には立つように束生する特徴がある。葉や花が似るノジスミレ(野路菫)とはノジスミレの葉があまり立たず、乱れた感じに受け止められるので判別出来る。
花期は3月下旬から6月ごろで、7センチから15センチほどの花柄を立て、先端にスミレ色と称せられる濃紫色の1花を咲かせる。スミレの花はいずれも下側の花弁である唇弁の後ろに蜜腺を有する距という部分が突き出ているのが特徴で、このスミレではこの部分が普通細長いが、変化がある。花の両側の側弁の基部に白い毛が見られ、唇弁の中央部は白地に紫色のすじが入る。花は葉とともにすっきりとした感じに見て取れる。
宝塚歌劇団の愛唱歌で知られる「すみれの花咲く頃」の「すみれ」は、フランスで歌われていた原曲のリラ(ラィアラック)に変えて日本の春を代表する花として歌われるようになったというエピソードがある。これはこのスミレのイメージの1例であるが、これは私たちの身近に見え、その花のやさしくも品位のある姿が他のスミレの追随を許さずあるからではないかと想像される。
花には稀に白色品も見られるが、私には野生の白い花に未だ出会っていない。なお、スミレの語源については、花が大工の用いる墨入れの形に似るからなど諸説あるが、どの説も推察の域を出ず、はっきりしていない。なお、スミレ(Viola mandshurica)は朝鮮から中国東北部一帯などにも分布し、日本の特産ではなく、学名は「 mandshurica」で、中国の旧満州に因むものである。また、スミレは『万葉集』に見える万葉植物で、古来より知られ、親しみを持たれて来たが、万葉植物としてのスミレについては次のタチツボスミレ(立坪菫)の項で触れたいと思う。 写真は左から棚田の畔に群がり咲くスミレ、すっくと立って咲くスミレ、花のアップ、葉が三角状になった中に閉鎖花が見られるスミレ、裂開して飛び散る寸前のスミレの蒴果。
すみれとはああすみれとはすみれとは
<1916> 大和の花 (177) タチツボスミレ (立坪菫) スミレ科 スミレ属
地上茎を有するスミレの代表格のスミレで、この仲間は北半球の暖温帯に広く分布し、日本においても全土に見られ、変異が多く、更に細かく分類され、スミレ(Viola mandshurica)と並んで、日本を代表するスミレとして知られる。大和(奈良県)でも各地に見られ、垂直分布で見ても平地から丘陵、低山、深山に至るまで幅広く生えているのがうかがえる。
地上茎に柄と鋸歯のある心形の葉がつき、花期の3月から5月ごろにはその葉腋に花柄を伸ばし、先端に淡紫色から白色まで変化の見られる1花をつける。草丈は15センチほどで、群生して一面に花を咲かせることが多く、土手の斜面などでよく見かける。花の後ろ側に突き出る距はやや細長く、側弁は無毛で、托葉が櫛目状に切れ込む特徴がある。
スミレは『万葉集』の4首に登場をみる万葉植物であるが、原文では須美礼(すみれ)が2首、都保須美礼(つぼすみれ)が2首見え、須美礼の方は摘み草として男性が詠んでいるのに対し、都保須美礼の方は盛りの花を愛でる女性の詠んだ歌である違いが見て取れる。植物学者の牧野富太郎は『万葉集』に登場する4首のスミレについて現在のタチツボスミレ(立坪菫)としているが、異説も見られる。
果たして、万葉のスミレは如何なるスミレなのか。須美礼と都保須美礼は歌の内容とかを考慮してみると、採取される摘み草としての須美礼は今日言われるスミレ(Viola mandshurica)で、花が愛でられた都保須美礼の方は野辺を彩るタチツボスミレが思われて来るが、ともに推察の域を出るものではなく、総称としてのスミレで鑑賞してもよい気がする。
写真は左から群れて花を咲かせるタチツボスミレ、葉脈に沿って紅紫色の模様が入るアカフタチツボスミレ(赤斑立坪菫)、増水すると水に浸かる渓流の岩陰に咲くケイリュウタチツボスミレ(渓流立坪菫)、山地の木陰に咲くオトメスミレ(乙女菫)。これらはみなタチツボスミレの品種と見られている。 春昼やよき日なりけり奈良盆地
<1917> 大和の花 (178) ニョイスミレ (如意菫) スミレ科 スミレ属
平地から丘陵、ときに山地の湿気のあるところに生えるスミレで、別名をツボスミレ(坪菫)と言い、図鑑によっては別名の方で見える場合もある。地上茎を有するスミレで、大きいものでは草丈が25センチほどになる。長い柄を有する葉は先が尖った心形から腎形で、基部が深く切れ込むのが特徴。ニョイ(如意)の名はこの葉が如意という僧侶が読経のとき手にする仏具に似るからという。ツボスミレのツボ(坪)は庭の意で、『万葉集』に見える都保須美礼(つぼすみれ)の都保と同じ意であるが、『万葉集』のそれとは直接の関係はなく、『万葉集』の都保須美礼は野辺に多く見られるタチツボスミレ(立坪菫)であるとする説の方が有力視されている。
花期はスミレの中では遅い方で、4月から6月ごろ。葉腋から花柄を上に伸ばし、先端に1花をつける。1花は直径1センチ前後と小さく、距も短いかわいらしい花である。唇弁と側弁の一部に濃い紅紫色のすじが入り、側弁の基部には毛が生える。ほぼ日本全土に分布し、南では屋久島まで見られ、国外では東アジア一帯に分布すると言われる。垂直分布もタチツボスミレとほぼ同じく、平地から深山まで見られるが、湿気を好むので生える場所を異にするところがある。
写真は湿気のあるところに生え、花を咲かせるニョイスミレ(左の2枚)と花柄を真っ直ぐに立て、1花をつけるニョイスミレ(3枚目)、花のアップ(右端)。 陽春や固き鋭頭ほぐれたり
<1918> 大和の花 (179) ノジスミレ (野路菫) スミレ科 スミレ属
野原や丘陵、棚田の畦などでよく見かけるスミレで、楕円状披針形の葉や濃紫色の花がスミレ(Viola mandshurica)に似るが、葉の幅が少し広く、花に青味が加わる感じに受け取れる。スミレは葉も花もすっきり立って上品に感じられるのに対し、ノジスミレには姿整にすっきりしないところがうかがえる。もっともはっきりした違いは、スミレの側弁には毛があり、ノジミレの側弁には毛がないことである。
花期は3月から4月ごろで、スミレよりも早くに咲き始め、暖かいところでは冬の時期にも花の見られることがある。花は淡紫色から紅紫色まで変化がある。こうした変化もスミレと異なるところ。本州、四国、九州に分布し、アジア一帯に見られるという。大和(奈良県)では各地に見られ、棚田で知られる明日香村では多く見られる。 写真はノジスミレ。右端の写真は12月の撮影で、帰り花。 どの道を登るか金剛山の春
<1919> 大和の花 (180) ヒメスミレ (姫菫) スミレ科 スミレ属
人家の近くでよく見かけるスミレで、スミレ(Viola mandshurica)を小振りにしたような濃紫色の花の姿がかわいらしく、姫の名がある。三角状披針形で表面が濃緑色、裏面が紫色を帯びる鋸歯のある葉もスミレより小さい。花期は4月ごろで、よくコンクリートや石垣の隙間に花を咲かせているのを見かける。
本州、四国、九州に分布し、国外では台湾に見られるという。大和(奈良県)でも各地に見られる。どのスミレも可憐でかわいらしい花を咲かせるが、そのかわいらしさの点で言えば、ヒメスミレではなかろうか。写真はヒメスミレ。 左の写真は舗装道路の傍のわずかな隙間に生え出して花を咲かせ、右の写真は石垣の間から顔を覗かせるように花を咲かせるヒメスミレ。
日月はまことに速し弥生尽