大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年03月06日 | 創作

<551> 掌 編 「花に纏わる十二の手紙」 (9) 梨 (なし)

          高々と 咲いてゐし花 梨の花  しばし二人で仰ぎ見しなり

 拝復、お手紙拝見しました。カンボジアへ出張なさること、いろいろ大変でしょうが、頑張ってください。これから準備に忙しいことと思います。私が家にいれば、何かとお手伝い出来、仕事の方に集中してもらえるのにと思うと、じっとしていられない気持ちになります。しかし、こんな状態では何もしてあげることが出来ません。許して下さい。

  タイ国境のカンボジア難民キャンプ以来七年ぶりの取材とのこと。国連の平和維持活動も始まって、戦闘も終息に向かい、あの当時より状況はだいぶんよくなっているということですが、現地では、地雷が大量に埋められているとか、マラリアや肝炎のような感染症が侮れないとか、不安なリスク要因があるようですので、くれぐれも油断なさらないように気をつけてください。

  私の方は、ここに来て、一年半になります。あれからずっと、あなたのことを思わない日はありません。今日はどうしていらっしゃるか。食事はまともに摂れているのだろうか。そんなことを思い、あなたに不自由ばかりかけて、本当に済まない気持ちでいます。最初のころは、どうしてこんな病気に罹ったのか、流産のショックに追い討ちをかけるような成り行きに思い悩みましたが、いまは一日も早くよくなることを念じながら一日一日を過ごしています。

  先生は「ここに慣れ親しんではいけませんよ。ここから一日も早く抜け出す気持ちで療養するんですよ」と言われます。初めのころはきつい言葉に聞こえましたが、近ごろ、先生の言われることがわかるような気がして来ました。少しずつですが、病状がよくなっているからだと思います。気持ちをしっかり持って、後戻りしないよう自分に言い聞かせています。

  不思議なもので、病状がよくなって来ると、気持ちにも余裕が出来、長い手紙も書けるようになりました。近ごろは、先生にお借りしている聖書を開いて読んだりしています。あまり読み過ぎると疲れるので、ほどほどにしていますが、聖書には有意義な言葉が多く、興味を惹かれます。

                                                                    

  あなたがまたカンボジアに行かれることを知り、ふと、聖書の中の言葉が思い浮かんで来ました。「マタイによる福音書」の第七章に「求めなさい、そうすれば、与えられるであろう。捜しなさい。そうすれば、見出すであろう。門をたたきなさい。そうすれば、開けてもらえるであろう。すべて求めるものは得、捜すものは見出し、門をたたくものは開けてもらえるからである」という言葉が出て来ます。その言葉が思い浮かんで来たのです。

  思いを持って願えば、神さまはきっと叶えてくださる。これが、この言葉に対する私なりの解釈です。私は、この言葉に出会って以来、一日も早くよくなって、あなたのもとへ帰えりたいと、思いを込めて毎日祈るようにしています。そして、あなたが長期出張でカンボジアに行かれることを聞き、私のこの祈りにもう一つ願いを加えなければならないと思うようになりました。あなたが仕事を果たし、カンボジアから無事に帰ることが出来ますようにという願いです。

  不思議なことに、このように思い始めた日、隣室の人に家の方から白梅が届けられ、咲き始めたその一枝を私にも分けてくださって、枕元に活けて寝たところ、あのときの夢を見たのです。とても楽しかったあのときの夢です。あれは、結婚した次の年でした。山好きのあなたに誘われて大峰山系の釈迦ケ岳をめざして登りましたね。あのときの夢です。  ~<552>に続く~