<309> 蓮華会の蛙飛び行事
梅雨空に 声立ち上がる 蔵王堂
吉野山の金峯山寺蔵王堂(本堂)で、七日、蓮華会の法要とこれにともなう蛙飛びの行事が行なわれた。蓮華会は修験道の祖、役小角(役行者)が産湯をつかったと伝えられる大和高田市奥田の捨篠池(弁天池)でハスの花を採取し、本尊の蔵王権現に供えて行なう法要で、この日の午前中、舟を出して摘み採った百八本のハスの花を午後、本堂の蔵王堂に運んで行なわれた。続いて八日には山上ヶ岳の大峯山寺に向かうという。
蛙飛びの行事は、平安時代の中ごろ神仏をののしった男がワシに浚われ、断崖で震えているのを通りかかった高僧が見かけて男を蛙の姿に変え助けた故事に因むもので、蓮華会に続いて行なわれた。この行事は奇祭の一つとして奈良県の無形民俗文化財に指定されている。
七日の吉野山は厚い雲に被われ、雨が降ったり止んだりの空模様だったが、そんな中、着ぐるみの青蛙を乗せた太鼓台が練りながら、ハスの花を持参した一行をケーブルの吉野山駅(山上駅)まで迎えに行き、行事は始まった。地元の若い衆が担ぐ太鼓台とハスの花を運ぶ一行が仁王門の急な石段を一気に登り、本堂に到着すると、待っていた参拝者や見物衆からどっとどよめきの声が上がった。
太鼓台が本堂前の広場で練った後、青蛙が二人の担ぎ手に背負われて本堂に入り、続いてハスの花が運び込まれ、講などの一行が入って蓮華会の法要になった。「般若心経」などの読経の後、青蛙が表に姿を見せ、蛙飛びが始まった。左右二人の僧の前に進み出た青蛙は神妙な面持ちで手をつき、僧の戒めの言葉に聞き入った。最後に蔵王権現の前で改心し、元の人間の姿に戻り、一件落着して、蛙飛びの行事は終わった。
仏教に「十善戒」というのがある。不殺生 不偸盗 不邪淫 不妄語 不綺語 不悪口 不両舌 不慳貪 不瞋恚 不邪見である。つまり、「殺生をしてはいけない。盗みをしてはいけない。不正に淫らなことをしてはいけない。嘘をついてはいけない。言葉を飾り立てて惑わせてはいけない。悪口を言ってはいけない。二枚舌を用いてはいけない。貪ってはいけない。憎み怒ってはいけない。よこしまなことはいけない」という戒めである。
改心して人間の姿に戻った蛙飛びの青蛙は、この「十善戒」で言えば、さしずめ悪口を戒められたことになるが、悪口をはじめ、十悪はそれぞれ心に生じるものであれば、心を改めなくてはならないということになる。犯を繰り返す例を耳にすることがあるが、再犯は心が改まらず、定まらないから起きると言えるだろう。
つい最近、オーム真理教の逃亡犯が逮捕されたが、まだ、オームの呪縛から逃れられずにいるという報がちらほら聞かれる。これなどは青蛙と真逆の心理で、心が改まらないところにある。行事に参集した善男善女には蛙から人間に戻るその青蛙の所作にユーモアが感じられたりして、見物も和やかで、青蛙に声援が飛んだりした。