湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

8/12~14 お盆騒動記(すみません)

2020-08-15 05:46:32 | 地震津波災害ボランティア

2020/08/12~14 記
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お盆は親戚が顔合わせする生きている者の行事であって、我が家のように、異端キリスト教信者だった父と、左翼かぶれの私のように、いわゆる忌避される罰当たり家系では、親戚とは父の主張(?)で絶縁しているので付き合いがほとんどない。その分、さほど重大行事とは思っていなかった。しかし沈黙していた母の心情は、それに納得しているわけではなく、また一時疎遠になっていた弟夫婦は積極派という形の中、母90歳の節目に今年のお盆は、様子が違っていた。先方のご母堂の逝去という介護の手が離れたことが主因だが、結婚したての姪夫婦の参加協力があって、社会制度としての「お盆」が復活してきた。私は母の心情に沿う消極派である。

先日横浜の姪夫婦が箱根ドライブの帰りと、初めて1泊していった影響で、母が体調を壊したまま、現在も夏バテを続けているのだが、姪夫婦の提案で、母と姪夫婦が留守番し、私と弟夫婦が墓参祈り市内するということが実行に移された。

父の遺言では、偶像崇拝の墓参はいらないという話だったが、母は復讐か、必ず墓参することとした。せめて世間の13日からの墓参ではなく12日に、母方の墓参は13日と決めたが、それならと弟夫婦の妻方の墓参もということで14日が決まった。この間、母は姪夫婦と留守番となるが、初日から母はパニックを起こした。食事が違うのだ。ジャンクフードとピザで攻められたらしい。お茶は、「お~いお茶」ではないが、冷えた缶のお茶だったという。一緒にわけのわからないゲームに付き合わされて、疲れてしまったのだった。


翌日は、よほど懲りたか、体調が悪いのに墓参参加するといいだし、案の定,帰路でめまいを起こし、幸か不幸か14日は母の看病を口実に、嵐一過の一日を過ごさせてもらっている。



初日12日は都内。駐車場問題がある場所なので弟夫婦とは現地合流とした。これには裏の計算があった。終了後、江古田君を訪ね、先日の江東区議取材の様子を聞くつもりでいたのだ。彼もお盆消極派なので、池袋待ち合わせをしていた。ところが弟夫婦は「先に母の元に戻るから夕食は一緒に」と制限つき。コロナがどうのという話も通じない。それは外食ではなく、帰りに駅弁を買って帰るというのだ。弟夫婦もハイカロリー派なので、母や糖尿病の私に合わないのは目に見えているため、私が駅弁を買って帰ると約束してしまった。

おかげで江古田君との懇談はわずか30分足らず。江古田君とは時間通り会えたが、事情をしらない彼の与太話がはさまって、一次避難所としての豊洲市場の話までは聴けたか、ベイサイドの新興住宅街の災害弱者の対策と、日常サポートの現状は全く質問できなかった。

翌13日は、弟の車の車内で母の発作があって、夜は弟と姪の夫婦は退散。こうして駆け抜けるように数日が過ぎていったのだった・

しかし食生活の差は大きい。痛切に感じる。


夜間傾聴:お盆期休業
(校正2回目済み)

 

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