昼食後、茶を飲みながら雑談の中で車の話しになった。同年配なので話の中には昔の思い出も多い。そんななかで購入した動機はファッションやレジャー、かっこいいからなどは無く、「どうしても必要になった」が大方一致した理由だった。少ない情報と乏しい知識のもとで勧められるまま、支払い可能な価格の車で手を打った。その時の感想は「一生物と思い大事に乗った、使った」と感慨深げに話す。
そんな話をしながらマイカーを購入して50年目に入ったことに気づく。1台目のときは3交替勤務をしていた。業務担当の変更とバスの便数削減が重なりバス通勤不可となり、解決手段として「どうしても必要になった」のが理由だった。車など持てないと思い込んでいた殻を破った出来事だった。1度手にすると営業マンはフォローをしながら見計らって次の買い物を提案してくる。この手に乗らされ今は何台目だろう。
今はカメラやセンサーを装備した安全対策車が売りのポイント。はじめの頃、今では思いもつかない話だがラジオやエアコンもオプションの時代があった。ある展示会で「エアコンをサービスします」のひと言で買い替えたこともあった。環境問題から燃費対策車普及が図られ税制でも優遇の時代があった。最近は燃費対策は目途がついたのだろう、安全対策車に売りの重点が移った。とはいえ燃料高止まりの状態では家計に及ぼす燃費は馬鹿にならない。
往復約180㌔、うち高速道が約110㌔を走って燃費は28、2㌔、ガソリン代は約883円となった。高速道は法定を上回るが速度は90㌔余りをキープ、一般道は成り行きで走行した。乗車はひとりで天気に恵まれエアコン使わず、自分的には「よく走った」と記録しておく。