日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

法 要

2007年08月21日 | 生活・ニュース


菩提寺での「盂蘭盆法要」へ参詣した。
盂蘭盆法要とは「日蓮尊者と、その亡母の故事に始まり、亡くなった有縁の人々の恩愛を偲びつつ、自他もろともに、三宝に帰依して、仏徳を鑚仰し、仏法を聴聞する法会」と案内状へ記されている。難解。

この春、当寺では現住職の後継者を迎えられ入寺披露として記念法座が行われた。より高い資格と教養をつまれるため来春まで本願寺で修行の日を過ごされている。門徒から高い期待が寄せられている。

本堂に準備された椅子はほぼ満席、高齢の女性が多い。
今日は本願力について、45年間の講師のご経験を交えながら仏の教えを話された。信心浅きゆえ、意訳された言葉が経文へ結びつかないが、なるほど、と思ったりうなづくところはいくつもあった。本意の願いは成就実現する、という。今日はそこまで。

さわやかな気持ちになったところで御斎(おとき)をいただいた。
季節の食べ物の素麺は冷たく、黒豆入りの握り飯と良くあい、心身満たされた気持ちで箸をおき合掌。

ここ10数年、除夜の鐘をつきに山門を通り鐘つき堂へ向かっている。例年焚き火が暖かく迎えてくれる。順番で幾つか打つ。何を願って打ったか、と聞かれることがある。思い出せないということは無心に打っているようだ。すぐ側で聞くあの響きが無心にさせるのかも知れない。

年に何度か仏の教えを聞く。まだ聞くだけに終わっている。会社勤めしながら得度されたご夫婦を知っている。その取っ掛かりは知らないが、定年後も熱心に経を学ばれている。敬服するばかりだ。
(写真:菩提寺の山門)
コメント (2)
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