みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

どこから来て、どこへいくのか?

2013年01月17日 | 創世記
創世記16章


まだまだ、月曜日に降った雪が解け切らないためか、寒さがこたえます。

この章には、人の知恵でなすことの、限界のようなものを考えさせられます。サライは自分が不妊の身であるために、夫の子どもを女奴隷ハガルによって儲けても…との思いがあったのでしょう。

もちろん、サライは待ちました。しかし、だめなものはやはりだめ、と考えて、事を実行したのです。

子どもが与えられました。
けれども、そのことが、互いの間に緊張をもたらしたます。ハガルはサライを見下し、サライはアブラムに不満を訴えました。結局、ハガルは出て行くことになりました。

心に留めたのは、「あなたは、どこから来て、どこへ行くのか」と主の使いがハガルにかけたことば。
主のハガルへのいつくしみが表れているとともに、すべての人への問いかけだと思うのです。



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