みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

レンガと瀝青

2013年01月12日 | 創世記
創世記11章


 バベルの塔の出来事は、多くの画家が描いています。有名なのはピーテル・ブリューゲルのでしょう。(ウィーン美術史美術館所蔵とのこと)  Photo
 ぜひ実物を見てみたいと思っている作品の一つですが、本で味わっても詳細な描写に時間を忘れるほどです。
 絵の左下に描かれているのは、10章に登場するニムロデとその一行。冠をかぶっているのが、ニムロデだと考えられています。ニムロデの足もとで、わびている人物が絵もいます。
 神がことばを混乱させられたので、工事に携わる人々の間にもめ事が起こり、工事が進展しないでいることをわびているのかしら…、などと想像してしまいます。

 この絵については様々な角度から解説が試みられていますが、ある方は、絵の中の人物について「皆、懸命に働き動いているが、全体を見ると作業がばらばらで統一性がない」と言っています。
 
 人々が「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう」と言うようになる前に、聖書は「彼らは石の代りにれんがを用い、粘土の代りに瀝青を用いた」(新共同訳では「石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた」)とあります。
 技術が進展して、彼らはそれを用いて自分たちの力を誇示しようとした。けれども、そこに落とし穴が…。ニムロデは、「主のおかげで(主の御前に)、力ある漁師になった」と紹介されています。けれども「れんがと瀝青(アスファルト)」を産み出した彼らは、いつの間にか「主のおかげ(主の御前)」から、自分たちの「名をあげよう」というように変質してしまったのではないか、と考えました。





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